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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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酢豚弁当の端にある

17/12/11 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 野々小花 閲覧数:694

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 大学を卒業して就職したが長くは続かなかった。半年で会社を辞めたあと、暎一はしばらくの間、自宅に引きこもった。深夜の弁当工場でアルバイトを始めたのは一年ほど前だ。鶏肉のミンチと細かく刻まれたキャベツとニラと長ネギを撹拌する機械の前で、暎一はただ立ってそれを見ている。
 機械に異常がないかとか、均等に混ざっているかとか、確認をするのが仕事なのだが、この一年の間に問題が起こったことはただの一度もない。前任者の初老の男も、「自分がいた五年間に異常はなかった」と言っていたから、実に六年もの間、この撹拌機は正常に動き続けている。
 問題がないのは良いことだ。しかし、なさ過ぎるというのは如何なものか。この仕事は果たして必要なのだろうか。毎日、暎一はそんなことを考えている。

 暎一の目の前で撹拌された物体は、次の工程で皮に包まれて餃子になる。そして『よくばり中華の酢豚弁当』の一番端に、ひとつだけポツンと置かれるのだ。この酢豚弁当は大手コンビニチェーン店の超ロングセラー商品で、弁当工場で働く前に、暎一も何度か食べたことがあった。「餃子は要らないな」というのが、そのときの正直な感想だった。
 餃子と酢豚のほかには春巻きとカニ玉が入っていて、主役の酢豚は肉が大きくてインパクトがあったし、春巻きにはシャキシャキした食感の筍がたっぷりと詰め込まれている。甘酢あんがかかったふわふわのカニ玉は絶品だった。
 けれど餃子には何の特徴もない。味は平凡としか表現のしようがなく、時間が経つと皮がブヨブヨになって見た目も最悪になってしまうのだ。

 休みになると、暎一は電車に乗っている。電車は子供の頃から好きだった。車両と車両の連結部分を写真に収めたり、車窓から見る何でもない風景に訳もなく癒されたりする。
 最近、駅弁を買って食べるようになった。以前『幻の峠の釜めし』なるものを運良く購入できたことがあって、そのときは珍しく感情が昂った。興奮し過ぎて、柄にもなくSNSのアカウントを取得しアップまでしてしまった。すぐにたくさんの反応があった。
 いつの間にか、電車に乗ることよりも珍しい駅弁を探すことが目的になっている。駅弁は良い。どんなに小さなおかずでも、たとえ端のほうに置かれていても、脇役ではないように暎一には見えた。今日手に入れた『焼き蛤の丼ぶり』だってそうだ。主役の焼き蛤の横には野菜の煮つけがあって、上品な味わいのそれがなければ、弁当自体はもっと味気ないものになっていたと思うのだ。
 食べる前に撮っておいた写真をアップすると、早速反応があった。SNSの中の暎一は、弁当工場に勤める二十四歳の男ではない。有名IT企業に勤める二十九歳の男なのだ。虚構の世界にいる間だけ、暎一は主人公だった。毎日が忙しくて、意味のある仕事をしていて、それは誰にでもできる仕事ではなくて、だから自分は必要とされている。一度でもいいから、そういう人生を体験してみたかった。

 勤務を終えた早朝、暎一はコンビニに入った。弁当が置いてあるコーナーには近寄らない。仕事を終えて朝になってまで、ポツンと端のほうにいる脇役のことを考えたくなかった。
 タバコを買おうとして財布を開けたとき、弁当のコーナーから二人組の声が聞こえた。若い男女だった。
「朝からお弁当、食べるの?」
「昼の分だよ。もう買って行く」
 女の声に男が答える。
 どうやら朝帰りらしかった。人が仕事してる最中にイチャつきやがって、と心の中で暎一は二人を羨みながら罵倒した。
「あ、酢豚弁当あった。俺これ、好きなんだよな」
 暎一が見たくないものを、男は手にしている。
「私も好き。カニ玉の甘酢あんが良いよね。でも、餃子はイマイチじゃない? 皮が美味しくないし。この酢豚弁当にはいらないと思うなぁ」
 普段思っていることでも他人から改めて指摘されると胸が痛む。
「なに言ってんだよ。餃子がなかったら『よくばり中華』のよくばりの意味がなくなるだろ。中華といえば餃子なんだから、餃子は入ってるだけでいいんだよ」
 男は酢豚弁当を手にしたまま暎一の後ろに並んだ。暎一はレジで支払いを済ませて、コンビニを出た。
 いつものように、帰ったらすぐに布団に入ろうと考えながら、その足取りはいつもより随分と軽やかだった。

 有名IT起業に勤める二十九歳の男は、そのうち虚構の世界から消えてなくなるだろう。電車が好きだから、次の週末も暎一は電車に乗るだろう。撮り鉄に混じって電車の写真を撮って、車窓から風景を見ながら、都会にしか住んだことがないくせに、ふいに見えた田園風景に心打たれたりするのだろう。
 駅弁を食べて、記念に写真に残すことはあるかもしれない。だけど、それをSNSにアップすることは、もう二度とないだろう。たぶん、おそらく、きっと。そんな気がする。



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