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クナリさん

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血と灰の熱 ――リース・リストリイの喀血

17/12/09 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:1件 クナリ 閲覧数:936

時空モノガタリからの選評

「最上級」の才能はないけれど、歌に命をささげる歌い子リースの熱量が圧倒的でした。どんな道においても本当の才能を持つのは一握りの人間なのでしょうが、そんな中自分の才能の欠落を客観的に見つめ、それを埋める努力をする彼女の人間的な強さは魅力的に感じられました。その自我の強さが打ち砕かれた時にこそ、彼女の限界を打ち破る何かが生まれる可能性があるのかもしれない、とも思わされました。「天才」メリッサの「それで歌うんだよォ!」という嘲笑は、「敗北者の魂」から生まれた歌が、「天才」のそれを超えて人の心を動かすこともあることを示唆しているのではないかという気がします。死をも覚悟した中から絞り出されるリースの魂の響きは観客の心の深くに届くことでしょう。

時空モノガタリK

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 「歌と水の街」は、大陸の端にある一大芸能都市である。
 その中枢をなす歌劇団にあって、リース・リストリイは、中心的な存在ではなかった。
 歌い子の潮時は二十五歳までと言われる中、彼女は今年、二十八歳になる。
 最年長のリースの歌は、今なお最上級ではない。しかし、美貌は優れている。



 公演の後、私は歌劇場支配人の執務室に呼び出された。
「リース。エドワーズ氏とは良好なのだな」
 エドは私のパトロンだ。三十五歳の独身。すべからくパトロンを持つ歌い子の中では極めて異例なことに、彼は私に手も触れないが。
「彼から、君に次回公演のソロを任せろと要請が来た」
 私は、足がすくんだ。歌劇団の誰もが目指し、そして夢及ばずに破れていく、最トップの座だ。
「そんな、こと……」
「多額の融資と共にだ。君の歌は、他の歌い子の見本といえる出来ではないが。ただ、君が誰より努力してきたのは皆が知るところではある。君に、その気があるのなら」

 寮の個室に戻ると、私は大きく嘆息した。
 当然、不安は大きかった。
 確かに私は誰より努力してきた。他の歌い子が休み、遊び、パトロンと出掛けている最中も、私は練習室でひたすら歌い続けた。
 しかしそれでも、私は歌の力だけで劇場に出ている訳ではないのだ。顔で末席を買ったという陰口が、的はずれでないことは自分で分かっている。
 次期公演までは、あと一月もない。

 それからは必死だった。
 食事は栄養補給のみに努め、喉を守る強い薬を副作用に耐えて飲み、仮眠以上の睡眠を取らずに一層練習に明け暮れた。
 毎日のステージも、控えの歌い子に代わってもらった。来月のソロの方が遥かに大切だった。
 年齢のこともある。歌劇団内で煙たがられてもいる。恐らくこれが、最初で最後の主役だろう。
 言わば、団からの餞なのだ。ならば、最高の形で成就させてみせる。
 私はエドを含め、男性に触れられたことがない。駆け出しの頃、好きになった人はいた。本当に好きだった。告白をされた時は、夢ではないかと泣いた。しかしそれでも断り、歌に全てを捧げた。
 女として男たちに磨かれ、彼女らの求める幸福を手にしていく同僚を見ながら、私はただ歳だけを取り続けた。
 それくらいの犠牲を屠さなければ、本物の才能とは渡り合えないと分かっていた。
 これは私の、最後の意地だ。

 二週間もすると、睡眠不足と疲労で、嗅覚と味覚が極端に鈍化した。紅茶を淹れる意味がなくなり、白湯にした。
 目眩が増え、頭痛と腹痛が重くなり、耳鳴りも酷い。
 しかし。
 本来のソロは、現公演のメインを歌っている、メリッサ・モアという十八歳の天才だ。彼女の役を奪うからには、それくらいの苦労は何とも思わない。

 私がソロを務める公演の当日がやって来た。
 異変に気づいたのは、水とスープだけの昼食を終えた時だった。
 劇場の周りの人通りが少ない。
 そして、大きな声が響いてきた。
「中央広場だ! メリッサが、ゲリラ公演をやってる!」
 頭を殴られたような衝撃だった。
 気づいた時には、広場に向かって駆け出していた。
 認めていなかったのだ、メリッサは。
 顔だけの女が、歌劇団の主役を務めるなどと。
「私だって……努力したのよ。私だって、やれる……」
 呟きながら駆ける。
 広場は満杯だった。
 私が劇場に集められるであろう人数を遥かに上回っている。
 メリッサは壇上に立ち、今まさに、大きく息を吸い込んだところだった。
 そして。
 放たれた歌声は、一瞬でその場の全員を魅了した。
 演目は、今日これから私が歌うのと同じ英雄曲だった。
 音響設備も何もない野外で、メリッサの声はしかし、弾けながら膨らむ。
 クラップや嬌声までも巻き込み、飲み込んで、倍加させて打ち放つような歌声。
 胸を高鳴らせ、高揚が爆ぜる、稀代の声だ。
 歓喜する人々の熱狂の中、私はただ一人打ちのめされて、両膝と両肘を地面についた。
 涙がぼろぼろと落ちる。
 見ろ。
 見ろ。
 見ろ。
 聴け。
 あれが本物だ。あれが才能だ。
 努力では決して手に入らない、産まれた時に定められていた運命の形。
 徒労でしかなかった私の戦い。
 この後に、私が劇場で歌う?
 質の悪い冗談だ。悲劇に過ぎる。
 いや、喜劇か。
 私は狂ったように笑い出した。
 あまりに激しく笑ったため、限界間際だった喉が破れて血の混じった咳が出た。
 これでは歌えない。
 よし、死のう。
 私は広場に背を向けて駆け出した。
 その時、後ろからメリッサが私を呼んだ。
「それで歌うんだよォ!」
 それでかろうじて私は、川ではなく劇場へ足を向けた。
 死ぬのは、歌ってからだった。
 破れた喉で。敗北者の魂で。
 初めて、歌を、誰かに届けられるかもしれないと思った。


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このストーリーに関するコメント

18/01/30 誇りを持て。

 リースの最後の歌。魂の歌が、人々を圧倒した時、人々は動けない。自分に何が起こったのかわからないまま、ゆっくりと沸き上がってくる感動を感じそれが頂点に達した時、ようやく我にかえって手を打ち始めやがて立ち上がって更に強く手を打つ。劇場が今まで鳴ったことがないような喝采にわいている時、リースはどこにいるのだろう? 人々を圧倒した静寂の時間が、リースには長すぎた。

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