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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

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三人くる

17/12/04 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:378

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 夜にまぎれてなにかが無防備なドアをたたく。
 読んでいた小説の中のそんな一文がなんとなく引っかかった。
 敦也は文庫のページから顔を上げ、何度か瞬きをした。視界が澄んで部屋の蛍光灯が明るくなったように感じる。ずいぶん集中して読んでいたらしい。
「どうしたの?」
 怪訝そうな声が間近で聞こえ、敦也ははっと息を飲んだ。
「優、奈……?」
「あー。また私の存在忘れるくらい本に入り込んでたね?」
 呆れたような優奈に「ごめん」と返した敦也は、文庫にしおりを挟んで閉じる。ぐっと大きく伸びをすると、ふと違和感をおぼえた。
 ずいぶん静かな夜だ。
 幹線道路の車の音も、風に乗ってくる踏切の警報機も、マンションの下を歩く酔っ払いの独唱も今夜は耳に届かない。
「へんに静かだな」
「え? そう?」
 だって、と言おうとした敦也をノックの音が遮った。深夜といえる時間ではないが、誰だろう。
 夜にまぎれてなにかが無防備なドアをたたく。
 あの一文が頭をよぎる。
 しかし敦也は立ち上がり、とくにスコープも確認することなくドアを開けた。
 まず目に入ったのは長い黒髪だった。首を下げ、両手をだらりと垂らし、老婆のように腰を曲げているが、制服に見える紺のスカートからすらりと伸びる足で少女とわかる。垂れ下がった黒髪に隠れ顔は見えない。
「だ、だれ……?」
 敦也の掠れた問いかけに少女の無機質な声がこたえた。
「三人くるからね」
 なんのことかと聞きなおそうとした途端、敦也の目の前で少女の首がずれた。ずずっとずり下がり、そのまままっすぐ床まで落ちて首はぱんと弾けた。
 敦也は思わず大きな音を立ててドアを閉める。なんだ、なんだったんだ今のは!
「どうしたの敦也」
「いや……今、女の子が……」
 首をかしげながら優奈が近づいてきたとき、またドアがノックされた。
 敦也は掴んだままだったドアノブを動揺のあまりぐいっと回しドアを開けてしまった。
 開いたドアから薄暗い廊下が見える。
 ふたりの目の前にあったのは人の爪先だった。青黒い裸足の先がゆらゆらと揺れている。
 どうして足がという疑問と、首つりという言葉が同時に敦也の頭の中に渦巻いた。
「一人目きたる。あと二人」
 うわんと響くような声が耳奥に入り込み、敦也は思わず目をつぶった。唐突にマンションの廊下を風が吹き抜け、それに押されるようにドアが閉まる。
「なんだ……なんなんだよいったい!」
 叫んだ敦也にこたえるようにまたドアが鳴った。「ひっ」と短く声を上げ、敦也はドアから離れた。しかし誰も触れていないのにドアはゆっくりと開かれていく。
 開ききったドアの向こうには女がいた。ぎざぎざの髪、生気のないガラス球のような目の女は、剥きだしの白い腕をすうっと敦也の前にさし出した。
「ここを切ったの」
 女はそう言いながら左手首を指さす。
 示された場所からぱっと鮮血が噴きだした。あふれた血が廊下にぱたぱたと落ちる。
「あとはここ」
 手首より少し上。指で示されたそこも肉が割れ血が飛ぶ。
「こことここも、あとここ、ここ、こここここここここここここここここここ」
 女の腕から次々に血しぶきが上がり敦也は絶叫してドアを力任せに閉めた。
 息を荒くする敦也のすぐそばで声がした。
「二人目きたる。あと一人」
「えっ?」
 優奈がぐいっと敦也の腕を引いた。華奢な優奈からは想像もつかない力強さに、敦也はたたらを踏むように玄関を離れ部屋に戻された。
「敦也、落ちついて。ほら、外の空気吸おう?」
 優奈が敦也をベランダに導く。マンションの七階を吹き渡るひんやりとした風に敦也は深く息を吐き出した。
「三人くるって? あんなのがもう一人くるのか? なんなんだよここ。焦って住むとこ決めるんじゃなかった! なあ優奈」
 となりに寄り添う優奈に顔を向けて敦也ははっとした。
 急な転勤で先週慌ただしく引っ越してきたばかりだ。まだ会社には親しい人などできていないし、恋人だっていない。
 では、この女は誰だ。優奈って誰だ?
「三人目はわたし」
 優奈の顔がぐにゃりと歪む。歪んだまま笑っている。ベランダの手すりを背に敦也は目を見開いて唇を小刻みに震わせるだけだ。
「……そして、あなたが四人目」
 敦也の体が呆気ないほど簡単にバランスを崩す。
 なぜかあの小説の続きが無性に気になった。もう読めないなとぼんやり考えながら、敦也は漆黒の虚空にのみ込まれていった。

 深夜の住宅街を切り裂く赤色灯の光、アスファルトを忙しなく叩く靴音、遠巻きに首を伸ばす野次馬たちの交わす声。
「また自殺ですって」
「多いわねえあそこ。首つりにリストカット、睡眠薬で、ってのもあったわねえ」
「ついに飛び降りか」
「次は……誰かしらねえ……」


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