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ケイジロウさん

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血を吸う音

17/12/04 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:393

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 ベトナムのある一日が終わろうとしていた。僕は自転車のスピードを下げ、周りをキョロキョロと眺めまわしていた。清流に沿ったこの道の左右は雑木林で、民家もほとんど見られない。野宿するにはまずまずの条件だ。
 僕は雑木林に入れそうな小路を見つけると自転車を停め、周りに誰もいないことを確かめると、雑木林の陰へ手際よく身をおさめた。
 成功。
 煙草に火をつけると、清流の音が耳の奥の方に入り込んできた。遠くの方に民家の灯りがうっすらと見えた。そこの住民に見つかることはまずありえない。たとえ見つかってもここら辺の人は農民なので、たき火さえしなければなにも文句を言ってこないだろう。問題は番犬だ。アイツらは遠く離れていても侵入者に気付くことがある。そして吠え出す。運が悪いと一晩中吠え続ける。そうなったら、やはり眠れない。うるさくてというよりも、その番犬のご主人の睡眠が妨害されているような気がして、なんとなく罪悪感を持ってしまうのだ。
 僕は、あたりが完全な闇に包まれる前にテントを素早く張ると、簡易チェアーに腰を落ち着け、先ほど買ったぬるい缶ビールを開け、番犬の反応に耳を澄ませた。ビールはぬるかったが、アルコールが脳天を直撃して心地よかった。清流の音がより深く脳天に侵入してくる。煙草を深く呑み、このよくわからないよろこびに身をまかせた。
 その時だ。
 サンダル履きの素足に何かがのった。なんだろうか。あたりはすでに深い闇に包まれていたが、番犬の試用期間中にヘッドライトを使いたくない。僕は手でその何かに触れてみるとヌメっとした感触が伝わって来た。ナメクジかと思い指ではじこうとしたが、その何かは離れない。
 僕は焦った。慌てて闇の中でヘッドライトを探した。が、こういう時に限ってすぐに見つからないものだ。もう一方の足にまた何かがのった。僕はたまらなくなり、手でおもいっきりその何かをはねのけると、なんとか離れてくれた。が、すぐにまたのった。
 ようやく見つけたヘッドライトで自分の足を照らした。
 蛭だ!
 また他の蛭が足にのった。そしてまたのった。払いのけると、ふわーっと空中を舞い、着地すると同時に、スリンキーのように力強くこちらに突進してくる。あたりに光をあてると、3センチほどの無数の蛭がスリンキーのようにこちらに向かっていた。どちらが口で、どちらが肛門かわからない3センチの王蟲だ!
 僕は震える手でテントのジッパーを開けると、室内に自分の身体と荷物を慌てて放り込んだ。中からジッパーを厳重にしめ身体チェックをしたら、いつの間にか五匹の蛭が僕の身体に引っ付いていた。荷物にも十匹ほど蛭が潜んでいた。いくら払いのけてもスリンキーのように近づいてくる。
 僕は腹をくくった。トイレットペーパーを分厚く折りたたむと、一匹ずつプチプチと潰していった。感触的には死んだと思うが、なんだかいつまでも死なない生物のようにも思えてくる。仲間の死にテント外の蛭たちは黙っているだろうか。テントの薄っぺらい外壁には一匹二匹と蛭がくっつき始めているのが中から確認できる。僕はクルミでも割るかのように力を込めて潰し続けた。
 テント内をくまなく何度も何度も確認した。ようやく全滅できた。ぐちゃぐちゃのトイレットペーパーが床に散乱している。テントの外壁には数え切れないほどの蛭が僕を睨みつけている。僕がそいつらを無視して煙草に火をつけると、清流の音が再び流れ始めた。
 精根を使い果たした僕は、ぬるいビールをちびちびやりながら清流の音に耳を傾けていた。テントの外壁に張り付いた蛭どもはテント内に侵入できないだろう、いや、人間の皮膚を破れるのだからこのビニールも破れるのでは、いや、蚊が入れないのだから蛭も無理なはずだ、いや、でも最悪のことは考えておいた方がいい、いや、起こるか起こらないかわからない未来におびえるほど愚かなことはない、いや、いや、いや……

 ほっぺに何かがのった。どうせ蛭だろう。もう焦らない。僕はその蛭を掴もうと右手を動かそうとするが動かない。疲れてるんだ。太ももの裏側にも何かが股下に向かって動いている。左手も動かない。首筋にも吸盤がくっついた。眠い。体が動かない。こいつらどうやって入ったんだ。一匹、また一匹とその数は増えてきた。相変わらず僕の体は動かない。ドックンドックンと心臓が動いている。明らかに血が減っている。心臓もそれに気づいているようだ。鼻の中に一匹入っていった。僕はたぶん死ぬだろう。何千何万の蛭が僕の血を一滴も残らず平らげるだろう。蛭は無音だ。が、その数が何千何万になるころには、音になる。チュルチュルチュル、という音が聴こえるのだ。

 わっ!
 眼があいた。テントの外はうっすらと明るくなっていた。犬が吠えている。鶏が朝を告げている。そして清流は相変わらず流れていた。


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