1. トップページ
  2. 一番怖い話

yoshikiさん

面白い作品を知り、自分でも書いて見たくなって何年も経ちました。よろしくお願いします。 2010年 小説現代S&Sコーナーに初めて送った作品が掲載されました。作品名『幽霊の見える眼鏡』 とにかく面白いものが書いていけるといいなと思っています。 イラストはエアブラシと面相筆で昔描いたものです。

性別 男性
将来の夢 楽隠居
座右の銘 不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。アンドレブルトン

投稿済みの作品

2

一番怖い話

12/12/16 コンテスト(テーマ):【 喫茶店 】 コメント:0件 yoshiki 閲覧数:2182

この作品を評価する

 都会の片隅にある喫茶店に幾つも影法師が集まっている。黒いビロードのような夜空に満月がくっきりと冴えていた。彼らは怪奇愛好クラブのメンバー達である。奇怪なものに興味を持ち、或いは奇談を好み、人知れず不思議な世界を愛する者達。それが彼ら怪奇愛好クラブの連中である。メンバーは様々な情報を持ち寄り奇怪な体験談を各々が話す。今夜は今年最後の彼らの集いでもあった。今夜は特別にこの中で一番怖い話をした者に商品が出る事になっていた。
 司会進行役の挨拶が終わると見るからに陰気な男が最初に話し始めた。
「僕はね、永年タクシーやっているんだがね、到頭やっこさんを乗せちまったんだよ。鎌倉霊園の前でさ」
 蒼白い頬の中年の男である。トーンの低い声だった。
「そうだ、忘れもしない今年の夏の事だ。あれは深夜一時頃だった。その日、僕は霊園をたまたま通りかかったんだが、長い黒髪の思いつめたような表情の女性に止められてさ、まだ若い女だった『麻布まで行ってくださいますか』と言うので稼げると思ったよ。で、途中まで行くと『忘れ物をしたから、引き返してください』と言うんだ。僕は言われた通り、引き返した。そして後ろを見ると誰も居ないんだ。外にも出てみたけれど誰もいない。シートはぐっしょりだ……。 幽霊だと確信したよ。僕は幽霊を乗せちまったんだ」
 その話が終わると次の者が話し始める。次は国立病院の看護師の話で患者の腕がいつの間にか四本に増えていたという鳥肌の立つような体験談であった。その場は息を呑むような静けさである。そして意見交換や分析も終了して、いよいよ複数の話の中から一番怖い話を投票で決める段になった。どの話もそれなりに恐ろしい話ばかりであった。
 すると今まで下を向いたままカウンター内でグラスを拭いていたマスターが突然に口を開いた。
「もっと怖い話がありますよ」
 陰に篭った声であった。
「――皆さんのそういう話。私も嫌いじゃないものでお話を聞かせてもらいましたよ。体験談だけあって実に怖いですね」
「マスター、今もっと怖い話とおっしゃいましたか?」
 メンバーの一人がそう尋ねるとマスターは沈んだ声で答えた。
「はい。そう申しました」
「よろしかったらお聞かせ願えませんか?」
「いいですよ、お聞き願えますか。私の話はとびきり怖いですよ」
 メンバーの皆が一斉にマスターの方を振り返った。興味を顔に表している。マスターが陰気な調子で話し始めた。
「……実はこの店は大赤字なんですよ。私は儲けたくて色んな事業に手を出しましてね。ことごとく失敗でした。特に軽井沢の別荘経営は大失敗でしてね。億という借金をつくってしまいました。そしてそれをなんとか取り返そうと思い株に手を出しまして、これがあいにくその傷口をなお広げる結果になってしまったのです。おしまいですよ。本当にもうおしまいなんですよ。もう死ぬ以外ないんですよ。でも私は無類の寂しがり屋でしてね。よくこの店に来てくださるあなた方と一緒のあの世に逝きたいんですよ……」
「……」
 メンバーが言葉を失って呆然とマスターを凝視した。
「実はもう店には爆薬が仕掛けてあります」
 ――壮絶な爆音が轟いたのはわずか数秒後だった。この世のものとは思えない爆風が店を破壊したのだ。
 病院のベッドでやっとマスターは意識を回復させた。
「こ、ここは何処なのですか? 私はもしかして死ななかったのですか?」
 マスターが譫言(うわごと)のようにそう訊くと医師が答えた。
「奇跡ですねえ。あの爆発で命を取り留めるなんて奇跡以外の何ものでもない。あなたは運の良い方だ」
「そ、それであのメンバーの方々は?」
「お気の毒です。本当にお気の毒です。後の方は全員お亡くなりになりました」
 医師が溜め息をつき悲しそうな表情で言った。
「……」
 マスターは起き上がろうとしてただ呆然とした。手にも足にも感覚がないのだ。
「手が動きません。手が……」
 真っ青な顔で悲痛にマスターが言った。
「お気の毒です。あなたはもう……。言葉もありません」
 マスターが突然泣き叫んだ。発狂しそうな勢いであった。
「ああーっ!」
「痛ましい限りです。まったく痛ましい。いったいあの店に爆弾を仕掛けたのは誰なんでしょうね。本当に酷い人間です。実に酷い……」
「なんで私は助かったんだ。こんな悲惨な生き方なんて絶対できない。出来っこない!」
 マスターの涙で霞んだ視線の中に医者の沈痛な顔があり、その背後にあのタクシー運転手の不気味な笑顔が浮かんでいた……。

                      end


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン