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黒谷丹鵺さん

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自動音声案内

17/12/03 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:3件 黒谷丹鵺 閲覧数:600

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 大きな仕事が一段落したところで休暇を取った。
 ちょうど車を買い換えたばかりということもあり、足慣らしも兼ねて一人旅に出かけることにした。
 この新しい相棒は、キーを差し込まなくともスイッチひとつでエンジンがかかるタイプの新車だ。ナビゲーションシステムのおかげで、知らない道でも迷う心配はない。急カーブや踏切の存在も手前で知らせてくれて頼もしい。
「300メートル先、右折専用レーンがあります」
 音声案内は機械の声だが、爽やかな響きが悪くない。
 向かうのは山あいの温泉で、あまり知られていない鄙びた湯治場である。私は気分良く車を走らせて都会を離れた。
 とくに渋滞もなく、昼過ぎには目的地の最寄りインターチェンジに到着してしまった。
「早過ぎたな」
 ナビの案内によると、あと一時間も走れば宿に着いてしまうらしい。観光することは考えていなかったので、温泉以外は何も調べていない。
 とりあえず昼食を取りながら考えようと、近くの蕎麦屋に入った。
 注文を待つ間にスマートフォンで検索してみた。城跡公園や歴史資料館が有名なようだが、生憎そっちの方面は興味が薄い。
「お待たせしました」
 蕎麦を運んできた店員に聞いてみることにした。
「それでしたら温泉に向かう途中の方が楽しいかも」
 吊り橋やカヌー体験に、鮎や岩魚の塩焼きを食べられる店もあるらしい。
「ダムの景色もなかなかですよ」
 店員は声をひそめて付け加えた。
「でも小さい展望台には行かない方が……名所、ですから」
「えっ?」
 名所なのに行かない方がいいなんて、どういうことなのか。
 怪訝な目で見返したが、店員は唇に人差し指をあて、それ以上は何も言わなかった。
 とにかく、教えてもらった観光スポットは街中にあるものより面白そうだ。
 ナビの目的地は変更せず出発し、川沿いを行くと釣り堀の看板が目についた。先客に混じって糸を垂らしたが、渓流を引きこんでいるせいか普通の釣り堀と違って食いつきが弱い。それでも小一時間ねばって3匹の岩魚を釣り上げた。
「焼きますか?」
 スタッフのおじさんの背後に炭火を熾した炉が見えたので、塩焼きで持ち帰ることにした。宿に持ち込んで晩酌の肴にしよう。
「湯治場に泊まる予定で」
「あの宿はお湯が良いからねぇ」
 おじさんは慣れた手つきで岩魚に串を打っていく。世間話をしているうちに香ばしい匂いが立ってきた。
「ダムの展望台はぜひ寄ってみて。絶景だから」
 焼き上がりの包みを手渡しながら言われた。
「さっき小さい展望台の話を聞いて……」
 そう口にすると、おじさんは顔をしかめた。
「そこじゃない。あんなとこ行っちゃだめだよ」
 何となく理由を尋ねづらく、礼だけ言って車に戻る。老朽化などで危ないのかもしれない。
 またしばらく行くと大きなダムが見えてきた。
「確かに絶景だ」
 展望台は足がすくむような高さだった。
 景色を撮影していると、ダム湖側の前方にぽつんとテラスのような出っ張りを発見した。湖面よりだいぶ上の崖にある。
「小さい展望台ってあれか?」
 行くなと言われればなおさら気になるもので、ちょっと見るだけと好奇心に従うことにした。
 車を走らせると、突然シカが飛び出してきて急ブレーキを踏む。何とかぶつからずに済んだ。
「危なかった」
 走り抜けたシカはダム湖の方へ下っていく。よく見ると階段がある。
 もしかして、と車を路肩に寄せて停めた。
 その階段は急だった。サビだらけの手すりがあるが、寄りかかったら折れそうで心もとない。真下の湖面まで20〜30メートルぐらいはありそうだ。
 階段の下には、コンクリートで粗く固めただけの狭いテラス。案内板もなく、誰が何のために設置したのかわからない。
 先ほどのシカを見ると、欄干の方で何か食んでいた――花?花束?
「うわっ」
 悪寒が走る。
 そこには枯れた花束が大量にあった。菊、百合、竜胆……仏花だ。

 ぞわわっ

 全身の毛が逆立つ。
 慌てて逃げ出し、車を急発進させた。まさか、そういう名所とは思いもよらなかった。

 ぞわわっ

 不意にさっきと同じ戦慄を感じた。

 ピコン!

 ナビの警告音が鳴り、私はビクッと飛び上がった。
「助手席のシートベルトを着用して下さい」
――え?
 思わず助手席に目をやるが、もちろん誰も乗っていない。
 私はガタガタ震えながらパネルをやみくもにタッチしたが全く反応しなかった。
「助手席のシートベルトを着用して下さい」
「助手席のシートベルトを着用して下さい」
「やめてくれ!」
 クラクションにハッとして前を見ると対向車が迫っていた。
「目的地到着。案内を終了します」
 汗びっしょりの手で必死にハンドルを操作した。
 対向車が横をすり抜ける。
「残念でした」
 くぐもった音声が響いた。


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このストーリーに関するコメント

17/12/05 霜月秋介

黒谷丹鵺さま、拝読しました。
怖かったです。後半いっきに駆けめぐってくる悪寒。温もりを感じない、冷えた音声案内がより恐怖を際立てていました。読み応えがありました。見事です。

17/12/07 黒谷丹鵺

霜月秋介さま。
コメントありがとうございます!怖かったと言って頂けて嬉しいです。
夜遅く一人で運転している時に「ナビがありえないこと言い出したら怖いな」と思いついたことから膨らませて書いてみました。

18/01/07 光石七

拝読しました。
何がナビに乗り移ったのか…… 夜に運転するのが怖くなってしまいました(苦笑)
面白かったです!

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