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笹峰霧子さん

性別 女性
将来の夢 健康になりますように。
座右の銘 自立。いくつになっても夢を持つ。

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わたしの学校生活

12/12/16 コンテスト(テーマ):第二十一回 時空モノガタリ文学賞【 学校 】 コメント:10件 笹峰霧子 閲覧数:2076

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 学校のことはそれぞれにかなり覚えているが、中でも小学校のことは低学年の時からずっと、鮮明な記憶の中にある。
 
 私の通っていた小学校へは、後に自分の娘二人も通学することになったが、その時にはもうすっかりイメージが変わっていた。
 
 自分が通っていた頃の校舎は木造で、本館とその両側に二つの別棟が、屋根付きの渡り廊下で繋がれていた。子供達はその渡り廊下をガタガタと音を立てて歩いた。校舎の裏は山なので日が暮れるのが早く、放課後学校に居残っている時にはとても怖かった。
 中でも便所が一番怖かった。渡り廊下から下駄に履き替えて、踏み台を上がって入る便所の木戸を開けたとき下に赤い紙が見えたりすると、震えながら出てきたものだ。
 
 全校生徒数360人ほどの小規模な小学校だったので、職員室の先生達はそれなりに少なかった。担任でなくても先生らは児童のことをよく知っていた。
 その時代は子沢山だったので、町のどの学校も10クラスほどあったらしいが、私の学校は2クラスだった。入学して卒業するまでクラス替えがなかったので、同じ学年でも、もう一つのクラスの者にはあまり愛着がなかった。
 
 小学校の四年生になったとき切りがいいからと、私は都会の学校へ転校した。先に行っていた母が私を呼んでくれたのだ。
 
 都会の学校の校舎は鉄筋の建物でとても大きかった。クラスも多く学年が上がると組み替えがされた。転校した四年生の時には年をとった男の先生が担任で、私のことは目に入らないような冷たい感じだったので、あまり覚えていない。それに転校早々、隣の席の男の子が嫌がらせをしてきて、それを誰にも言うことができず、四年生の新学期は嫌な感じで始まった。そのうち次第に仲良しの友達が幾人かできて、楽しい学校生活を送れるようになった。
 
 母は職場への通勤であまりかまってくれなかったけれど、私はどういうわけか、この時期の思い出が一番懐かしい。それは何故かというと、勉強のレベルが田舎の学校に比べて高く、授業がとても楽しかったからだ。自分がトップに居なくてもよかったことも気が楽だった。
 
 五年生になったときクラス替えがあり、若い男の先生が担任になって、私が母子家庭だと知った先生は、自分を父親だと思いなさいとにこっとして言われたその顔が、今でも消えないで頭に残っている。
 
 クラスの子らは私にとても親近感を持って近寄ってくれたので、私はとても居心地が良かった。会社の寮に母と二人で住んでいたが、友達の家に遊びに行くと、立派な家にピアノがあって、自分の家とは違うのを感じたが、そのことはむしろ私としては心地が良かったのだ。
 
 五年生の一学期まで都会の小学校に在籍して、再び田舎の学校に連れ戻されてから、私には悪夢のような環境が待っていた。
 それは母と別居していたせいもあるけれど、学校の環境ががらりと変わったせいだ。
 田舎の小学校での五年と六年の学校生活は、私にとってはとても辛いものだった。母が傍におらず、老いた祖母との寂しい暮らしの中で、私はきりきりしがなら過ごしていた。
 
 私はその後ずっと、四年生の時に住んでいた浜甲子園の夢を何度見たことだろう。それに、時々母が連れて行ってくれた松竹歌劇や宝塚歌劇。学校の遠足で行った奈良や京都。ピアノがある友達の家に毎日遊びに行ったこと。何もかもが突然消えて、再び戻った田舎の学校の生活は木造校舎の便所よりずっと怖くて悲しかった。
 
 もしあのまま都会のあの学校へ通えていたら、私の人生は変わっていたかもしれない。でも今、その時の田舎の学校の同級生との同窓会を楽しみにしている私がここにいるのだからふしぎだ。
 
 現代は学校が荒れていたり、いじめがあったりして辛い学校生活を送っている子もいるし、学校へ行けなくなっている子供達が大勢いることを思うと、とても悲しい。
 未来を生きぬく子供たちに「頑張れ」のメッセージを送りたい。
 


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このストーリーに関するコメント

12/12/16 泡沫恋歌

笹峰霧子さん、拝読しました。

田舎の学校と都会の学校の違い。
普通なら、ノンビリした田舎の学校の方が過ごしやすいと思われがちですが、
浜甲子園の方が霧子さんには良かったんですね。
両方の学校を体験したことが、後の人生に影響を与えたことでしょう。

未来を生き抜く子供たちには頑張って貰いたいですね。

12/12/16 笹峰霧子

恋歌さん

初めての投稿にコメントをいただいてありがとうございます。
書き換えが効かないとのことだったので緊張しました。
これからコンテストの作品をこちらのサイトで書いてみたいと思います。

ここに書いた小学校のことは本当に懐かしく思い出します。
田舎の学校では個人的ないがみあいが激しくてとても辛い思いをしました。

12/12/17 草愛やし美

笹峰霧子さん、拝読しました。

学校というものは、不思議なものですね。昔嫌だった時代のことが一番懐かしかったり、友もよく記憶していたりします。印象が時間とともに変わるというより、魔法の粉でもかかったのかと思えるほどです。
私の場合は、学校は小学校はよく覚えてますが、中学はさっぱりです。短かったのもあるでしょうが、高校の方が受験で大変だったのに楽しかったようです。同窓会は楽しいものですが、高校の方がずっとよかったです。時代が経つと本当のものが見えてくるのでしょうかねぇ。

12/12/17 そらの珊瑚

笹峰霧子さん、拝読しました。

私も小学校のことはなぜかよく覚えています。
いいことも、わるいことも、かなしいことも、たのしいことも。
長い時間が経てば、みなかけがえのない思い出になりました。

12/12/17 笹峰霧子

草藍さん

初めての投稿でやっとできました。以前のことを思い出します。
コンテストに投稿するのも楽しみです。
よろしくお願いします。

12/12/17 笹峰霧子

そらの珊瑚さん

うろうろしながらやっとこのサイトに投稿できました。
それぞれのサイトでレイアウトが違いますね。
ここは短編だけのようですが挑戦してみたいなと思います。

12/12/18 石蕗亮

笹峰霧子様
拝読いたしました。
私の通っていた小学校も2クラスしかなく全校で300人いるかどうかの小さい学校でした。
懐かしいです。

12/12/19 笹峰霧子

石蕗亮様

小さい学校はずっと同じ人といるから愛着もありますね。
その反面苦しいこともありました。
今はみんな仲良く話せるようになりよかったと思っています。
ありがとうございます。

13/01/07 鮎風 遊

学校、取っておきたい想い出と、消してしまいたい想い出があり、
この歳になり、前者はそのままで、後は全部断捨離したいなと。

だからもう同窓会に行くことは止めました。

そのくせ、時々一人学校を見に行ったり、これは一体何なんでしょうね。

13/01/18 笹峰霧子

鮎風さん

私は学校ではかなり目立っていましたが
自分としては良い思い出はあまりありません。
沢山の友達と仲良くできるのが
学校生活では良い思い出になるような気がします。

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