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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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ラブゲームではいられなくて

17/11/20 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:440

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 やっぱり、あなたが好きだった。
 高校時代の思い出を飾るスクラップブックのページ。内緒で撮ったあなたの写真は、跳ねっ返りな少女だった私の大事なお守りで、いつか羽化するように大人になれると信じていた。あなたとの『love』を愛だと錯覚して。
 知っているよ、テニスでの『love』は『0』のこと。
 無得点で終わった駄目なラブゲームじゃ、あなたの思い出にもなれないですか?
 ねえ、先生。


 高等部の隅にある見慣れたテニスコートは、基礎練習に励む女の子たちで一杯だ。その中に混じっていた2年前を懐かしみつつ、私は金網越しに彼の姿を探す。
 ……いた。
 彼の優しく熱心な指導ぶりは今も変わっていなかった。少し痩せた横顔に、時計の針が巻き戻り私の心はときめく。
「横峯先生」
「あぁ……野々宮か」
 三十路にしては童顔の人懐こい笑顔を見せ、女子テニス部顧問の横峯先生は私に近づいてくる。
「お久しぶりです」
「髪、伸ばしたのか?」
「大学生にもなればお洒落もしたくなりますよ。女ですから」
 先生の目が戸惑いの色を見せる。少女が女になる。思春期の幼さを消す、オーデコロンの香りが少しでも彼へ届いたのだろうか。
「そうか、君が卒業してもうそんなに経つんだな。続けているのか、テニスは?」
「大学でも部活に入っています」
 私が携えたテニスのラケットに目を留めた先生は部員たちに、「彼女は元部長だ」と紹介する。注目の視線が一斉に注がれて、私は再会の甘やかな喜びを胸の奥に隠す。
 感傷に浸るためにここへ来たんじゃない。
「先生。1ゲームだけ、お相手いただけないでしょうか?」
「野々宮?」
「成長したところをお見せしたいんです」
 『0』のまま終わったんじゃ、失恋気分にもなれないね。
 これは少女だった私とのお別れの儀式。


「0ー0(ラブ・オール)」
 先生の身体が大きくしなり、切れのいいサーブを打ち込んでくる。
 こうやって、ボールが鋭い音を立て互いのコートへ攻め入る時だけが、生徒と教師の関係を越えた心の交流だった。
 先生は、負けて元々の勝負に、いつも全力で挑んだ少女を覚えていますか?
 
 部長になりたての頃、県大会の大切な試合に負けてしまい、悔しさを隠し切れない私の練習に、先生はいつも付き合ってくれた。
「……冷静になれ、野々宮。大の男相手にそれだけやれれば、この先いくらでもチャンスはあるだろう?」
 大人の男性がミスを責めず、弱い私を認めてくれる。先生に心惹かれる自分を止められなかった。

「15−0(フィフティーン・ラブ)」
 私はボールを打ち返すことが出来ず、先生にポイントが入る。

 日暮れの休憩ベンチ。懐かしい二人だけの時間。
「ミントティー飲みませんか?」、心を躍らせてコップを差し出したけれど、一口飲んだ先生は「あぁ、苦手な味だな」と顔をしかめたっけ。
 微かに漂う煙草の匂いは、いつも私たちを透明な壁で隔てていた。

「30−0(サーティ・ラブ)」
 今度もベースラインぎりぎりのボール。先生の『冷静になれ』の言葉が頭をよぎり、私は心を静めて前を向く。迷いなんて捨てたはず。なのに今更、告白しておけば良かっただなんて……。

「30−15(サーティ・フィフティーン)」
 私の放ったノーバウンドのボレーが決まり、少女たちが歓声を上げる。

「30−30(サーティ・オール)」
 長いラリーの間、チャンスを伺った私がポイントを奪う。

「40−30(フォーティ・サーティ)」
 折角、大人になれて追いついたと思ったのに。
 煙草臭さを隠す、ミント味のガムの香り。
 その気遣いは誰の為なんですか?

 先生のバックハンド側に高く跳ねたボールから、思いがけず攻撃的なスピンのかかった返球をされ、虚を突かれた私の足元を勢いよくバウンドして抜けていった。
 ……ゲーム終了。
 私は、ようやく先生が今まで手加減して教えていたのだと知った。私は特別なんだと自惚れるくらいの、逞しい自信が持てるように。

 先生は「ごめん、野々宮」と、頭を掻きながら近づいて来た。
「俺、がさつだからいつも君の事色々傷つけたんじゃないかな。女の子ってデリケートだよなって、今の嫁さんと出会ってから気が付いたんだ」
 その指に光る結婚指輪は、きらきらと綺麗だった。
 けれど手の届かない想いはラブゲームで終わらなかったよね?「今頃気付いたんですか」と、ふくれっ面をしてみるけれど嬉しさが勝って上手くいかない。
 ラケットを置き、初めて握手した先生の手は優しい微熱に包まれていた。
 二人を繋ぐミントの香りは、大人の仮面の下で困惑していた男の素顔を覗いた気がする。
 勝ち負けではない、大切な『love』はその秘密だけで十分だった。
 ……今日、私は失恋じゃなくて、恋を卒業する。


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17/11/20 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像は、「写真AC」からお借りしたものを加工しました。

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