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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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エリサの決断

17/11/20 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:378

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 エリサは自分の人生を振り返る。

 二十歳の時に歌手としてCDデビューし、イスラムの新星歌姫と世界の音楽シーンから注目を集めた。
 翌年に外国人と恋に落ち、国も宗教も捨て、渡仏し、今の夫でもあるポールと結婚した。迷いはなかった。それから五十歳を迎えるこの年まで、自分の心の声のままに生きてきた。

 夫がいる身でありながら恋人が出来た。そのことをマスコミや彼女の奔放な生き方をこころよく思わない人々からバッシングされたが、エリサは平気だった。どちらも自分にとって大切な人だったから、どちらか一方を選ぶことなんか出来なかった。夫も恋人も、そんなエリサの考えを受け入れた。胸を張ってエリサは自分の生き方を貫いてきた。
 ポールと恋人とエリサ。
 やがてエリサは妊娠し、恋人の子どもを産む。エリサによく似た美しい女の子だった。リリィと名付けられた女の子は一人のママと二人のパパに慈しみ育てられた。
 世間から見れば奇妙な家族の形態だったが、七年後、恋人の交通事故死であっけなく幕を下ろす。
 あの時、ポールがそばにいなければ、あの悲しみをエリサは乗り越えられなかったかもしれない、と時折思う。

 だから、今回だって迷いなんかなかった。
「咽頭がんがかなり進行しています。声帯ごと切除しなければ、残念ながら余命は一年前後です」
 医師からエリサへ告げられた非情な言葉。
「私は歌手です。声を失うくらいなら、死を選びます」
 エリサは迷うことなく、即座に答えたのだった。
 一人娘のリリィは泣いて懇願した。
「ママ、お願いよ。手術を受けて頂戴。死を選ぶだなんて悲しい事、言わないで」
「リリィ。あなた、もう小さな女の子じゃないのよ。ママがいなくても、ちゃんと生きていけるわ。いつか人は死ぬの。そしてたいていの場合は親は子どもより先に死ぬものよ。あなたのもうひとりのパパがそうであったようにね。あの人はちょっとばかり早かったけれど、ね」
「ママだって、まだ死ぬには早いわ。ねえ、考え直して」
「困ったわね。私のリリィはききわけのない子ね。そう思うでしょ、ポール」
 エリサはポールの方を向いて、小さなためいきをついた。
「キミはそう言うだろうと思ったよ」
「なんで?」
「何十年、キミと一緒にいると思ってるんだい。キミの考えていることくらい、お見通しだよ」
「じゃあ、あなたは私の選択を受け入れてくれるのね」
「ああ。けれどキミが死を選ぶなら、僕も死を選ぶよ」
「どういうこと? ポール」
「つまりキミを看取ったあと、僕も死ぬということだよ」
「だめよ、そんなこと」
「いや、もう決めたんだ。いや、決めてあったというべきかな。キミが何もかも捨てて僕と結婚してくれた時、僕は命ある限りキミのそばにいて、キミと生きるって。だからキミが死んでしまったら、僕はもう生きている意味がないのさ」
 ポールの瞳に迷いはなく、まっすぐにエリサを見つめていた。
 おそらく彼は言葉通りのことをやるだろう。
 エリサは人生で初めて迷った。
 もやもやと白い霧に包まれたような気分だった。
 自分の選択は、結果、夫の命を奪うことになってしまう、だなんて。

「声を失ったら、私、何をして生きていけばいいの?」
「何もしないでいいさ、ただ僕のそばにいてくれるだけでいい」
「ずいぶん退屈そうね」
「今まで退屈とは無縁の生活を送ってきたからね。退屈も経験してみたら、気に入るかもしれないよ」
 リリィが二人の会話を息をつめるようにして、見守っていた。
「だけど、その前にいろいろ大変な治療があるんでしょうね」
「キミには無理かな」
 ポールが冗談まじりに言葉を投げかけた。
 エリサの負けん気が湧き上がる。
「私、やってみせるわ。ドクター、よろしくお願いします」
 霧が晴れてゆく。エリサにはもう迷いがなかった。
 決めてしまえば、前に進むしかない。後戻りは出来ない。
 今まで気づかずにきたが、生きるということは、なんと過酷なことだったのだろう。

 おかしなことに、生きると決めたら、急に死ぬことが怖くなった。
 震えて、震えて、どうしようもなく涙が出てくるのだった。
 頬を伝ってゆく涙が、温かかった。
 見ればリリィもポールも泣いている。
 一人じゃない。
 今まで自分のためだけに人生を生きてきたけれど、二人のために生きていくのも、案外悪くないかも、とエリサは思っていた。


 



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このストーリーに関するコメント

17/11/23 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

歌手が声を失うというのは、おそらく死ぬよりも辛いことかもしれないけれど、
自分が死を選ぶことによって、大事な誰かも死を選ぶと知ったら、その人のために生きることを選ぶしかない。
もしかしたら、これは夫の策略だったのかもしれませんね。

17/11/27 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

「迷い」というテーマにあたり、自分のことでは迷わず決断できる人が唯一迷うとしたら
大切な人の生死が決まるとか、それくらい重大なことかなあと思ってこのお話を書いてみました。
そうですね、あるいはそうだったのかもしれません。

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