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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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白猫手芸店

17/11/20 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:403

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 入り口のドアを引くと、ドアの上部に吊るしたベルが、ちりりん、と鳴った。木の取っ手も、軽やかなベルの音もあの頃のままみたい。小さな店内は人で混んでいた。『全品半額セール』という表の貼り紙の効果だろう。この店がこんなに賑わっているを初めて見た気がする。
 色とりどりの布。透明のひきだしに入れられた様々な糸やボタン、そして棚一面に並べられた毛糸。この店はあの頃とちっとも変っていない。まるでタイムスリップしたような気持ちになった。
 白猫手芸店。
 私が小さな頃からこの街にあり、縫物や手芸が得意だった母とよく訪れた店。秋もだんだん寒くなる頃、毎年この店で母は毛糸を買った。私と父と、そして自分用に。毛糸は、ある年はセーターに、またある年はマフラーに形を変えた。
「どの毛糸がいいかしら?」あれこれ比べて、迷いながら決めるまでのその長いこと。
 そのうち店主のおばさんと、子どもには興味のない世間話などを始めるものだから、飽きた私は看板猫の白猫相手に、ぼやいたものだった。
「私は赤いのがいいと言ったの。だけどママは『あなたは色が白いから薄い色の方が似合うわ、ピンクなんかどう?』と言うのよ。ママはいつもそう。ママは自分の意見が正しいって思ってるのよ。でもね、ピンクにしたって、たくさんあるじゃない。決めるまでまだまだ待たなきゃならない……ああ、たいくつ!」
 レジ横の木のベンチに横たわった白猫に話しかけているうちに眠くなり、うたたねしてしまったこともあったっけ。驚いたことにそのベンチは今も店の同じ場所にあった。
 レジにいる人に見覚えがある。母とおしゃべりに花を咲かせていた店主のおばさんだ。四十年も経ったのだからそれなりに年は取っていた。あの頃おばさんと呼んではいたが、たぶん今の私よりも若かったに違いない。
 店の隅の百円均一のワゴンの中に、とても懐かしいものを見つけた。
 私が小学生の頃に流行ったリリアン。プラスチック製の小さな筒状の頭に五つの突起が付いていて、それに糸を星型に渡してゆくだけで、ヒモが編めるというもの。子どもにも簡単に出来るので私も一時期それにはまった。お小遣いを手にして友達とリリアンの糸を買いにここへ来たっけ。口出しをする母が一緒でなかったので、そんな時は思い切り原色の赤や青を選んだ。
 編み棒を手にセーターを編む母の横で、娘はリリアンを編む。冬へ向かう穏やかな午後。そんな日が確かにあったのだと、ふいに思い出す。
 箱は少し色あせてはいたが、埃ひとつないリリアンを手にとる。リリアンの糸の色は何色にしようか。
――あなたは色が白いからピンクがいいわ。
 ふいに母の声がしたような気がした。四十歳を過ぎた女にピンクなんて。
――にゃあん。猫の声が足元から聞こえる。見れば白猫が私を見上げていた。そうね、ピンクもいいかも。身に付ける訳ではないけど。どうせならピンクの濃淡数本にしてグラデーションにしよう。どれにしようかな。迷う時間は、ささやかな幸せな時間。母も毛糸を前にしてこんな気持ちだったのだろうか。
「お会計お願いします」リリアンと数本の糸をレジに持っていく。
 店主のおばさんの髪はすっかり白くなっていた。タイムスリップしたような店であっても確実に時間は刻まれている。人の髪はなぜ最後に白を選ぶのだろう。白は寂しい色だと言って、母は白い毛糸は選ばなかった。母は知っていたのだろうか。人は最期、白い骨になる事を。
「私、小さい頃に母に連れられてよくこのお店に来たんですよ。そうそう、さっき店の中で白猫を見たけれど、昔もいましたよね、白猫」
「まあ、お客様も見ちゃったんですね、白猫。もうずいぶん前に亡くなったんですよ、うちの猫。だけど時々出てきて、お客様に、ご挨拶してるみたい。それも今日で最後ですけどね」
 おばさんは楽しそうに笑った。

 小さな紙袋を持って店の外へ出る。
『白猫手芸店は本日で閉店いたします。長らくのご愛顧ありがとうございました』振り返って店の窓硝子に貼られた紙をもう一度心の中で読む。
 店の中はまだ賑わっている。その中に今は亡き母と、小さな私がいるような気がして目を凝らしたが、見えるはずもなかった。
「遅かったね」外で待っていた夫が私に歩み寄る。
「ごめん。迷っちゃって」
「何買ったの?」
「リリアンと糸と、お金では買えないもの、かな」
「ふうん。なんだかよくわかんないけど、いいものが買えてよかったね」
 編み物が上手な母親の娘は編み物が出来ない、という法則が、あるのかないのか知らないけれど、私は編み物が出来ない。不器用な私が出来るのは、何の役にも立たないリリアンのヒモを編むことくらい。もし私に娘がいたら……という言葉を飲み込む。
 道を走る車にヘッドライトが点き始める。夜が、人々の夕暮れを飲み込もうとしていた。
 


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このストーリーに関するコメント

17/11/23 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

うちの母親が和裁をしていたので、子どもの頃、着物の端切れを持ってよく手芸店に絹糸を買いに行かされました。
昔はそれぞれの町に、個人店の手芸屋さんがあったけれど、最近は少なくなったよね。

リリアン、懐かしい! わたしも子どもの頃やってました。

17/11/27 待井小雨

拝読させていただきました。
あたたかさと同時に寂しさも感じる話でした。
子供の頃に手芸屋さんであれでもないこれでもないと買い物をしていた頃の思いがよみがえるようでした。

17/11/27 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

うちも同じように手芸やさんや布屋さんへ母に連れられて行っていましたので
故郷に実際にあった手芸店をイメージして書いてみました。
今はもう廃業してしまったのですが。
リリアン、懐かしいですよね!今も売ってるらしいです。

17/11/27 そらの珊瑚

待井小雨さん、ありがとうございます。

手芸屋さんであれこれ見るのは今でも好きなんです。
何かになる前のいろいろな可愛い素材を見てると自分でも出来そうな錯覚に陥り、
マフラーくらいなら編めるかもなんて思ってしまいます。

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