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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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火の刺

12/12/12 コンテスト(テーマ):第二十回 時空モノガタリ文学賞【 お正月 】 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:2518

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 豪徳寺駅を降りて小さな商店街を瀬里は歩いていた。車は進入禁止である。自転車さえ気を付けていればいいのだから八ヶ月の身重にとっては歩き易い道であった。鰻のようにうねうねと曲がる道沿いに、八百屋やパン屋、蕎麦屋などが軒を連ねている。小さな門松を飾る店もあり、大晦日の賑わいを冷たい風の中に感じるのだった。
 十五分も歩くと瀬里が生まれ育った家が見えてくる。塀を高く超えてピラカンサの実がまるで目印のようにたわわにぶらさがっている。「変わらないわ」見上げて瀬里は白い息を吐く。実家は祖父の代からこの地で開業医をしていた。この家は祖父が建て、相当年季が入っているが、父母亡き今、今だ独身の兄が住む。家はどんなに古くなっても人が住んでいる間は死なないし、死ねない。玄関前のインターホンを鳴らす。
「はい」親しんだ、お手伝いの志づの声だった。「瀬里よ」「あら、まあ、まあ」間を置かず正月の独楽のように飛び出してくる。年はとっても相変わらず機敏な人であった。瀬里が小さい頃からこの家で働いていてくれる人である。
 瀬里の母は家事の一切をしない人であったので(それこそ本当にお嬢様であった)志づの料理を食べ、志づの洗濯したものを着て、白い割烹着が誰よりも似合い、口紅さえもつけない、この女をずっと瀬里は慕っていた。対照的に、母はいつも美しく化粧をしていて、小鳥のようなソプラノで歌を唄った。母の通夜に、瀬里は死化粧をほどこし、最後にゲランのミツコをふりかけた。母のお気に入りの香水。それはとりもなおさず、父も好きであった甘い女の香りであろう。
「いらっしゃるのは明日とばかりと思ってました、お嬢様」三十一歳の既婚の女に、お嬢様はないだろう。しかし、その呼び名は止めてと何度言っても志づはきかない。なので最近はもう聞き流すことにしていた。
 居間はまるで外のように冷え切っていた。おそらく志づは夜遅く帰る主(今は瀬里の兄である)に合わせて暖房を入れる心づもりだったのであろう。「寒いでしょう。ごめんなさいね。今エアコンをいれますから」
 二十畳はあろうかという広いリビングが暖まるまでは相当時間がかかることだろう。父母が生きていた頃には、現役だった暖炉も、長い間使われていないのだろう。「たまには暖炉に火を入れない?」生きているのに、死んでしまったように見える暖炉が瀬里には忍びなかった。「そうですね。では薪をとってまいります」使われないと知っていて、ちゃんと薪を用意している、志づはそんな女であった。薪と一緒にカシミアのひざかけを持ってきて瀬里に手渡す。その気遣いが瀬里の心に沁みる。半年前に母が亡くなってからというもの、人の愛情を貪欲に求めたがっている自分がいることに気づく。
 ──だから今回だけは夫の裏切りが許せない。
 出窓に置かれた花瓶に庭のピラカンサが挿している。「母は時々ピラカンサの実を食べていたわ。子供の頃それを真似しようとしたら、ぱしりと手を叩かれて。『子供には毒なのよ』って。怖い顔をしてね。もう大人だし、食べてみようかしら」「およしなさいませ。それは本当に毒の実ですよ。時々、その実を食べ過ぎた緋連雀(ひれんじゃく)が庭で死ぬことがあるんですから。赤ちゃんにさわります」「人も死んでしまうの?」
「いいえ、人が死なない程度の毒です。ですが胸が悪くなって吐き苦しむことになります」父は母と結婚し婿養子となって祖父の跡を継いだ。医院はそれなりに続けてきたが、父としたら居心地が悪い家であったのかもしれない。詳しくは知らないが愛人がいた時期もあったらしい。「……母はよく吐いて寝込んでいたわね。もしかして?」母が赤い実を食べていたのは、父が愛人宅に泊まる夜であったのかもしれない。「お嬢様、ピラカンサは別名『火の刺』と呼ばれているのです。奥様の心の中にあったものもそんな火の刺であったのかもしれませんね」母の具合が悪くなると父は真直ぐに家に帰ってきた。
 その夜、夫が瀬里のもとを訪ねてきた。「誤解だよ」「ほんとうに?」「信じてくれよ」「それじゃ、その赤い実を食べてくれたら、信じてあげてもよくてよ」「これは?」「ピラカンサっていうの。死なない程度の毒があるそうよ。あなたにそれを食べる勇気があったら明日の新年をお祝いを一緒にしましょう」「食べなかったら?」「私が食べるわ」暖炉の薪が小さくはぜる。瀬里のまばたきひとつ許さない真剣な眼差しに、夫はそれが冗談でないことを察知し、その実を何個かもぎとる。「気を付けて。刺があるから」夫の口の中に、強烈な苦味が広がる。「うっ」「吐いてはだめよ。吐き出したら許さないわ」瀬里の躯で息づくもうひとつの命が強く腹を蹴る。いつのまにか窓の外を雪が舞っていた。それは新しい年に向かって静かにふりつみ、明日になれば庭のピラカンサの刺さえも優しく隠すことだろう。


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このストーリーに関するコメント

12/12/12 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

妻である女性の考えは、きっと夫の言い分が正しくないと思っていることなのでしょう。自分の父母の昔に思いを馳せる彼女が、その赤い実にある棘が、何を物語っているのでしょう。自分と母を重ね、女のさがの物悲しさを、感じます。

ピラカンサのあの赤い実に毒があることや、ましてやそれを食べた人がいるなんて知りませんでした。花は純白なのに、あの真っ赤な色の実は、女の生き様に符合するのかもしれませんね。

12/12/12 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

ピラカンサの実は毒々しいほどの赤さで怖い感じがします。
実は私、ピラカンサの実が苦手であの赤い粒々の塊を見てると
何故か背中がゾクゾクしてくるんです(笑)

なんか毒の実って感じがピッタリのピラカンサですからね。

まさに女の情念のお話で、深く感じ入りました。

12/12/12 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

いや、絶対に食べないでくださいね。あれは青酸系の毒が含まれているそうですから。もちろん食べたというのは、フィクションです。
時間が経つと毒性が抜けて、その頃鳥は食べに来るとか。
あの冬を切り裂くような赤は美しいけれど、ちょっと怖いですね。

12/12/12 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

冬になると色が乏しい庭で、ピラカンサの実を植えているお宅は多いですね。
おっしゃる通り、あの赤色は独特で、美しさを通り越して毒々しささえ私も感じます。

12/12/15 鮎風 遊

男はピラカンサを食べた。
これは儀式か、それとも真実か。
それでも雪が降る。

うーんと唸る物語でした。

12/12/16 ドーナツ

画像の 赤色 すごくいい。タイトルの赤ですね。

推理小説のような心理小説、こういう宣伝文句つけたくなるようなお話で、ちょとドキドキ感もあり、よかったです。
夫と瀬里のさいごの会話のやり取りは、緊張感ありますね。

雪とピラカンサの赤(雪と火)との対比が、この二人の心の有り様を表してるようにも感じました。

12/12/20 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

ピラカンサを食べなければならなくなった
だんなさまに、ちょっと同情してしまいます。
まあ、身から出たサビではあるのですが。

12/12/20 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

赤という女の情念を思わせる色に、最後雪がふりつむことで
また二人は夫婦という日常に戻っていくのかもしれません。

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