1. トップページ
  2. スカイブルーを選んだ人

ケイジロウさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

スカイブルーを選んだ人

17/11/04 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:435

この作品を評価する

「イラッシャイマセ」
 若い女の店員が伝票に何かを書き込みながら言った無表情な音が小さな空っぽの店内にだるく響いた。そのだるさが、少し緊張していた山田勉にとって心地よく感じられた。
 ≪ものさし専門店ルーラー≫の店内には、その名の通りものさししか置いていないようだった。勉はあいかわらず伝票に何か書き込んでいる店員を気にしながらものさしを眺めて回った。
 小さな店内を一周すると勉の緊張も少しほぐれてきて、ものさしをじっくり眺める余裕も出てきた。よく見るとそれぞれのものさしには小さく何か書かれていることに勉は気付いた。勉は一本のものさしを手に取ると、その文字に目を凝らした。
 <神が喜ぶ方を選び給え>
 なんだこれは!?勉は意味がわからずそのものさしをひっくり返したが、やはり意味がわからなかった。
「あ、それね、ウフフ、それがあれば楽は楽よ。ま、パッケージツアーみたいな感じかな」
 ビクっと肩を揺らし勉は声がした方を振り向くと、先ほどまで伝票に向かっていた店員が勉に笑顔らしきものを向けていた。
 なんでタメ語。パッケージツアー……。勉は混乱した。
「え?」
「その隣にある緑色のは、新興系で、ネクラの人、つまりアンタみたいなのに人気かな」
「僕、ネクラに見えますか」
「うん、とっても」
 勉は悔しかったが何も言い返せなかった。確かにネクラだからだ。勉は隣にあった緑色のものさしを手にとった。
「そのパッケージツアーみたいな感じというのはどういうことなのでしょう」
「だからね、京都の後は奈良に行くの。もう決まってるのよ。決めなくちゃならないのは、アホな鹿のために、馬鹿みたいな煎餅を買うか買わないかとか、そんなくだらないことくらい。わかった」
「はあ……」
 よくわからないが、このタメ語がなんだか心地よく感じてきた。
「あの、この<Win-Win>というのはなんでしょうか」
 勉はレインボーカラーのものさしを店員に向けた。
「ダサいでしょ、それ。いかにも、って感じでしょ」
「はあ……」
「新人社員の研修で配るんだって、まあ人気商品の一つね。でもウケるよね、だって、新人社員は結局、煎餅持たされて奈良公園に放りだされるんだから、ウフフ、そんな概念が鹿に通用するわけないのにね」
 勉は次にスカイブルーのものさしを手に取った。
 <刺激がほしけりゃ馬鹿になれ>
 勉は店員を見た。なんとなくこの店のシステムが分かってきたのだ。
「それは本質的よね。アタイは好きよ、それ。ちょくちょく使うわ。この店ひらくときも最終的にはそれ一本よ」
「なんとなくわかります」
 勉はそのものさしを見つめた。
「あの、失礼ですけど、今はどんなものさしをお持ちなのですか」
 店員は勉の顔をまじまじと見つめた。そして、急に顔を崩して大笑いし始めた。白い顔を真っ赤に染め、「やめてやめて」と手を振っている。勉もよくわからないが楽しくなってきた。
「はあ、はあ、全く、アンタ、ウケるわ」
「スミマセン」
「いやいや、アタイこそ笑ったりしてわるかったわ、はあ〜あ」
 店員はそう言いながらどす黒いものさしを取り出した。そこにはただ<損得>と書かれていた。
「……」
「アタイはこれからアンタにふっかけるのよ。原価10円のものさしを、そうね2万くらいにしようかしら。それでもアンタは買うと思うわ。それで、アタイは今夜おいしいワインにありつけるってわけよ」
「どす黒いっすね……」
「なに言ってんの、あの透きとおった文科省もこれを学校指定にしたのよ」
 店員は厳しい表情を作りそのものさしで伝票を叩きながら言った。そして、急に表情を崩した。
「うそよ」
「ふー、焦ったじゃないですか」
「でもね、これだけは知っておいた方がいいわ。それはね、この店には500種類以上のものさしが置いてあるってことを」
 勉は改めて店内を見回した。確かにそれくらいあるかもしれない。
「アンタはね、そばかうどんで迷っているわけではないの。どのものさしを買うか迷ってるのよ」
 確かに、あのどす黒い<損得>も含めてどのものさしにも一理あるように思えるのであった。
 しかし、勉に迷いはなかった。勉はこわい顔をして一本のものさしと一万円札を二枚レジに置いた。
「なによ、こわい顔して、アンタ冗談も通じないの」
 店員は勉のお金を押し返した。
「アンタ見どころあるから、それあげるわ」
「あの、」
 勉はこわい顔をして店員にせまった。
「僕、ワインには詳しいんです。一緒に呑んでいただけないでしょうか」
「ウフフ、なにそれ、誘ってんの。そうね……」
 店員は上を向いて考えるポーズをとった。
「ウフフ、わかったわ、受けてたつわ」
 店員はどす黒いものさしをふりながらお茶目に微笑んだ。
 勉はスカイブルーのものさしを汗ばむ手で強く握りしめた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン