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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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迷いのタトゥー

17/10/23 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:485

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 朋乃は迷っていた。
 これまでの生涯になかったほど、彼女は深い迷いにおちいっていた。
 仕事柄迷うことのゆるされない世界で生きてきた。賭場の壺ふりが迷っていたら仕事にならない。勝負の目は、丁半いずれかときまっている。
 彼女には、壺にいれた賽子の目を、思いどおりに出す能力があった。その不思議な力をしったのは、彼女がまだ幼少期のころだった。宙にはねあげたコインの裏か表を自在にだせることに気づいた彼女は、しかし周囲の誰にもそのことははなさなかった。その彼女が成人して、賭場の女壺ふりという、特殊な階級の職業についたのは、むしろしぜんのなりゆきかもしれない。じっさいに彼女が壺ふりのさいに意のままに賽子をあつかったかどうかはさだかでない。賭場に遊びにきた客がみな、負けて大損したという話はきかない。そこそこ、たのしみ満足してかえっていくところから、使っているとしても朋乃がその力を抑制していることだけはたしかなようだった。
 もちろん賭場に遊びにくる客はそんなことはしらない。しっているのは賭場を仕切る貸元とその妻の、市代姐さんの二人だけだった。朋乃はこの市代姐さんの家にお世話になっていてふだんから姐さんにはかわいがられていた。ここで働かせてもらうときに、正直に朋乃はうちあけた。目の前で朋乃が、言葉どおりに賽の目を出すのをみて姐さんは、彼女の特異な才能に惚れこんだ。
「だれにもトモちゃんの才能を、いかさまとは呼ばせないわよ。トモちゃんのそれは、超能力なんだから」
 じつをいうと朋乃には、姐さんにもうちあけてないもうひとつの能力があった。彼女が出せるのは賽子だけではなかった。客に、丁と半の、どちらの目に張らせることも、じつはできたのだ。みんなじぶんの判断だとおもいこんでいる。しかしそこには朋乃の思念が働いていたのだ。朋乃がその力を使うときは、あまり負けがこんだ客に、勝たせてやるときにかぎられていた。
 市代姐さんは、背中一面にタトゥーをいれていた。紅蓮の炎をあげる阿修羅―――朋乃はひとめみて全身がふるえるほど感動にうたれた。
 じぶんもタトゥーをいれてみたい。強い願いが彼女をとらえた。しかし、なかなか踏ん切りがつかなかった。
 朋乃は自分が、人一倍飽き性だということを自覚していた。男ができても、長続きしたためしはなかった。バッグもコートも、いくら値が張っても欲しいと思ったら必ず手にいれた。が、いったん手にしてしまうと、興味はたちまち薄れていまも部屋の押し入れにはそういったたくさんの品々が埃をかぶっている。
 タトゥーは、一度肌に彫りこんでしまうと、かんたんに消せるものではない。いれてから、厭きてしまったらどうしたらいいの。朋乃の迷いはそこからうまれた。市代姐さんに相談しても、それは本人がきめることだからといわれた。
 この世界で生きている女のなかには、結構いれているものが多かった。朋乃も、肌に見事なタトゥーをいれている女を何人かしっている。彼女たちはみな、入れ墨がもつ威厳に支えられているようにみえる。背中になにもないじぶんが妙に、軽佻にかんじられた。―――だけど、飽きたらどうしょう。
 そしていま、朋乃は彫師のまえに、露わな肌をみせて横たわっていた。
「いいですね」
 彫師は前置きして、彼女の肌に手をかけた。
 チクリとする刺激が背中にはしったときも、朋乃は胸のなかで、これでいいのだろうか、これでいいのだろうかと、揺れ動く気持をどうすることもできなかった。
 結局、タトゥーが完成するまでの三か月間というもの、朋乃の迷いは毎日、途切れることなくくりかえされた。
 賭場では、片肌脱いで壺をふる朋乃の、背中に彫られたタトゥーが客たちのあいだで評判になった。
 腹に巻いた晒から左の肩にむかって勢いよく舞いあがる昇り竜の力に満ちた図柄には、誰もがみとれ、絶賛した。とくに、うなじちかくまでもたげた鎌首が、おおきく湾曲して下をみおろす姿は圧巻だった。
 部屋にもどってきて、晒をといた朋乃の背面に目をやった市代姐さんは、はじめて朋乃にタトゥーをみせてもらったとき同様、ある疑問にとらわれた。いつもは晒に隠されているが、竜の尾の部分が途中で切れて、ぽつんとひとつ、丸くなってつづいているのが、どうにも解せなかった。
「彫師さん、どういう意匠でこれを………」
 ケチをつけるのもなんなので、口にはださずにいた市代だったが、いまふと、それがなにかの記号に似ていることに気がついた。
「はてなマーク」
 子供からいいなれている言葉が、市代の口をついてでた。
 朋乃の迷いは彫師の手を伝わって背中に、そのような図柄を描かせたのだろうか。


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