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一塚保さん

同人作家の一塚です。 現実をぐにゃりと歪めた短編を書いています。 HP:『無染色』 http://itituka.web.fc2.com/

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将来の夢 時空モノガタリにて一人でも多く共感して頂ける人が現れてくだされば。
座右の銘 『過ぎたるは及ばざるが如し』

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回転木馬の始発と終点

12/04/09 コンテスト(テーマ):第三回 時空モノガタリ文学賞【 端午の節句 】 コメント:0件 一塚保 閲覧数:2240

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 ぐるぐる同じところを回っている。
 バスはそういう物だと思われているかもしれない。しかし、本当のところは同じところをぐるぐる回ることは無い。我々運転手は、大体始点から運転し、終点の営業所に着いたら別の路線へと代わるように組まれている。モチロン数回、同じ路線を往復することはあるが、できるだけ点々と移動していき、最終的に戻ってくるように組まれているのが通常である。
 それは、同じ風景に慣れてしまい、注意力が散漫になってしまわないようにするためだ。非常に合理的で全うな理由である。だからこそ、人数が多くなりすぎたり、足りなくなってしまったり、事務作業を滞らせてしまったりして、一昼夜、同じ路線を走るなんてことはいけないのだ。何せ、バスはいとも簡単に人を押し潰すことができるのだから――。
「痛い! 痛いよ!」
 ――車内に悲痛な声が響く。私は慌ててブレーキを踏んだ。何か異変が起こればすぐにブレーキを踏む。それが鉄則だ。
 私は散漫していた注意力をいきなり呼び起こされたように、心臓が高鳴った。今日何度目かの団地前停留所で、お客さんの料金払いを終えた直後、扉の開閉ボタンで閉めた直後のはずだった。車内を、車外を見渡しても何も異変はないように思えた。
 と、きょろきょろとする私に対して、バスの先頭に座るお客さんが指を差して促してくれた。料金支払機の手前だった。
 私はサイドブレーキをかけて、座席から腰を浮かせて乗り出すと、料金支払機の影に隠れて、小さな男の子が立っているのだった。
「おじさん、これ」
 小さな男の子は涙目になりながら、50円玉を私に差し出した。
 どうやら、団地前に乗り込んできた大人の列の最後に、少年は乗り込んでいたようだ。それに気づかず、私は開閉ボタンを押してしまったのだろう。
 注意力を途切らせないように考えていたのが、かえって散漫にさせてしまっていたということか。
「僕、ごめんね。大丈夫だったかい?」
 私は精一杯労わって声をかけると、男の子は大きく頷いて、今一度50円玉を私に差し出した。私は丁重にそれを受け取ると、『子どもの日割引』で支払機に50円玉を入れる。
「転んだ」
 男の子はそれだけ言って、座席へと飛び乗った。両隣には、尊い眼差しで見つめる老婆と、柔らかい物腰で席を空けた妊婦さんに挟まれた。そして、自分の体と同じくらいの紙袋を膝に抱えた。その中には、女性物の着替えと、出産祝いの手紙を詰め込まれていた。
「出発しまーす。立っている方はお近くの手摺りに掴まってお気をつけくださーい」
 私は語尾を高めながら、ギアをローに入れ、アクセルを踏む。終点の大病院まで再び走り出した。

 流れる景色に、私は色んな風景が脳裏に蘇っていく。
 バスは街をぐるぐる回りながら、今日も朝から晩まで走り続けるのだ。


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