W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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勝者

12/12/10 コンテスト(テーマ):第二十一回 時空モノガタリ文学賞【 学校 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2285

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 おれはいまも、逃げていた。
 いまもといったのは、いつも、いつも逃げていたからだ。
 家庭から逃げ、友人知人から逃げ、嫁、子供から逃げ、そして社会から―――逃げつづけていた。
 しかしいまは、そんな抽象的なものから逃げているのではなかった。
 おれはいま、警官から逃げていた。
 深夜の一軒家に盗みにはいり、家人に騒がれ、逃げだしたところを、警ら中の警官にみつかり、遁走という運びになった。
 左に右にややこしくのびた細い道を、おれが迷うことなく走り続けることができたのも、ここがおれの十代半ばまですごした町だったからにほかならない。
 警ら中の警官は最初は、自転車に乗っていたのが途中から、駆け足にかわった。
 路地をまがるたびに足をとめ、背後の気配に耳をすますと、沈黙のなかからかすかに、ひたひたとしのびよる、追手の足音がきこえてきた。
 どこまで逃げてもかならず、それは聞こえた。逃げても逃げてもつきまとう足音ほど不気味なものはない。
 なぜ警官はここまで執拗に、おれを追いつづけるのだ。おれを、敗北というゴールに追い込むまで、追いかけつづけるつもりなのか………。しかしおれは、このすべてを知悉している路地なら、必ず逃げ切れるという自信があった。

 おれは暗い路地をしゃにむに走った。
 おれは眼前にせまった門を夢中でよじのぼっていた。
 それが校門で、そこはおれが小学生をすごした学校だということはすぐにわかった。
 おれは桜の樹が両側にたちならぶ石段をかけあがり、渡り廊下をわたって、校舎内にしのびこんだ。
 おれが無意識に一階の、廊下のはずれの教室にはいりこんだそこは、小学生のときにおれが学んだ6年1組の教室だった。
 おれはドアをぴったりしめた。窓からの月明かりに、行儀よくならんだ机の表面が淡く照り映えている。
 おれはまた無意識に、昔の自分の席をさがした。
 おれはほとんどあてずっぽうに、前から三番目の、窓際から二列はなれた席にすわった。
 尻にあまりに小さい椅子が、悲鳴のような軋みをたてて、おれをはげしく拒んだ。それでも俺は、両足を折りたたむようにして、座ることに成功した。
 数分のあいだ、おれは闇の中にすわりつづけた。
 そうしていれば当時の時間にもどれることを、おれは本気で願っていた。
 おれは、右腕を高くさしのばしていた。おもえば、先生のといかけに、よくこたえる生徒だった。成績はトップクラスとまではいかなくても、そこそこできた。
 運動神経抜群で、スポーツ万能ときているから、クラスのみんなから人気があった。女の子にももてたもんだ。それがどうしてこんなところまでおちてしまったんだろう………。
 欠点といえば、弱い者いじめだろうか。というより、じぶんより強いものにはからきしだめなおれだった。
 当時、俺が徹底していじめたやつは、小暮という、やわな生徒で、ほんとに毎日、顔をあわせば理由もなく難癖をつけては、殴るけるはあたりまえで、もっとひどい、彼にとっておそらく一生傷となってのこる屈辱的ないじめも平気でしたものだ。
 ………あいつはいま、どうしているだろう。小学生のころあれだけの目にあったら、ひどい人間不信におちいって、その後の人生がどんなものかはおおよそ想像がつく。いま、とことんどん底にあるおれが唯一、優越感を抱くのは、あの小暮のことをおもうときだ。
 そのとき廊下のむこうから、はっきりわかる足音がひびいてきた。警官がきた。
 おれはちいさな椅子のうえで、身をちぢめた。だが、足音がこの教室のまえでとまったときには、たちあがり、こぶしをにぎりしめて、戦闘態勢にはいった。相手がひとりなら、なんとかなる。悪事をかさねたおれが、これまでなんとかしのいでこれたのも、この腕っぷしのおかげなのだ。
 いきなり、はじけるようにドアが開いた。廊下の空気といっしょに、くろい人影がおどりこんでくるのをみたおれは、身をかがめて突進した。
 渾身の力をこめてくりだした右の拳を、相手は軽くうけとめるなり、その腕を逆にきめて、あっとおもったときにはおれのからだは宙を舞って床にたたきつけられていた。
「おとなしくしろ」
 その気合のこもった警官の一言は、おれの腹の底までびしっとひびいた。
 おれはすっかり観念して、相手のさしだす手錠に、みずから両腕をもっていった。
 警官は、教室の照明をつけた。その顔に、見覚えがあった。
「小暮………」
 どうりで、ここまでおれを、みのがすことなく追ってこれたのだ。
 その後のおれにできることといえばこの、人生に屈しなかった男の顔をただ、まじまじとみあげることだけだった。


 
 


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このストーリーに関するコメント

12/12/14 W・アーム・スープレックス

堀田実さん、こんにちは。コメント、ありがとうございます。
大人になってから小学校の椅子に座ったら人は、よかれあしかれ、当時に思っていたのとはまるでことなる生き方をしている自分を直視することになるでしょうね。作品を深読みしていただき、ありがとうございました。

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