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池田Kさん

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サトゥルナリア

12/12/09 コンテスト(テーマ):第十九回 時空モノガタリ文学賞【 クリスマス 】 コメント:2件 池田K 閲覧数:2075

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 街は狂騒に満ちている。一年で最も日の短いこの時期、農耕神サトゥルヌスはユピテスの封印を解かれ、人々は祝祭に明け暮れる。全ての仕事を休み、奴隷も主人も入り乱れて贅沢な料理を食い散らかす。おかしな色合いの衣を身に纏った老若男女がそこかしこで奇声を上げる。あらゆる禁忌は打ち捨てられる。
 テルティウスは、自分が何故祭りの王に選ばれたのかをよくわかっていた。行使を許された一週間限りの権力を、しかしテルティウスは人払いをすることにのみ費やした。ひとりになりたかった。静かな、誰に煩わされることもない空間で、彼には考えるべきことがあった。

 二人の兄が相次いで戦死してから、父の息子はテルティウスだけとなっていた。父の後妻メネーニアが、彼を疎ましく思っていることはその態度にも明らかだった。折角上二人が消えてくれたのだから、残る一人が殊更目に触るのは必定だったかもしれない。しかしそれはどうしようもないことだと、少なくともテルティウスは思っていた。
 オルビウス家から今年の祭りの王を出すことが決まったとき、本来であれば年長者からその一人を選ぶ筈であった。それに異を唱えたのはメネーニアだ。彼女の知る古い伝承に倣って、女達が総出で小さなケーキを焼くことになった。各人に一つずつ配られた菓子の中から当たりの豆を引いたのは、当然の如くテルティウスだった。彼は謀られたのだ。
 しかし彼は父の助けがあることを疑わなかった。その期待が、遂に祭りの当日になっても報われなかったことの意味を、彼は今考えなければならなかった。彼は正に今、父から見殺しにされようとしている。

 彼の住むこの街では、毎年必ず祭りの王を定めるという訳ではなかった。数年から数十年に一度、酷い不作の年にのみ行われる忌まわしき慣習だ。サトゥルナリアの催される一週間、いかなる振る舞いをも赦されるとされる祭りの王は、その最終日に善神になぞらえ処刑される決まりだった。古の時代にはそれでも、飢饉に疲弊した人々の心を救う程の意義はあったのかもしれない。しかし飽食の現代、たかだか一年作物が思うように採れないというだけで干上がる市民はいない。形骸化した悪習だった。
 だが、何故未だにこの慣習が続いているのか、何故メネーニアが家に入り兄達を失ってから不作の年を迎えてしまったのか、何故オルビウス家だったのか、そんな事々は不毛な疑問だ。選りにも選っての時機にメネーニアに契機を与えてしまったのは、運命の悪戯とでも思うしかない。いずれにせよ、何らかの手段でメネーニアはテルティウスを陥れたであろうからだ。
 だからテルティウスがただ考えるべきことは、父の真意である。彼は父の不興を買うような行いをしたのだろうか。父の妻への愛は、息子へのそれを凌駕するものであったのだろうか。答えはいずれも否であると、テルティウスには断言する自信があった。父はその誇りに懸けて一族を大事にしていたし、血縁を重んじた。そしてテルティウスはその父の誉れたるべく己を律し、励んできたと自負している。
 幾度思考を巡らせても、思い当たることはなかった。テルティウスは意を決し、あの日以来彼を遠ざけていた父を、王の強権を持って呼び出すことにした。ややあって、数日振りの対面が成ったが、テルティウスの喉は張り付いたように声を発せない。見かねた父が重い口を開いた。
「テルティウス、お前の聞きたいことはわかっている」
「……何故、何故なのです父上」
「……十数年前の、サトゥルナリアの晩だ」
 顔を背けたまま父が続けた話に、テルティウスは耳を疑った。

 メネーニアはその「真実」を、一昨年のサトゥルナリアに酔い潰した乳母から聞いたのだと言っていたそうだ。テルティウスが月足らずで産まれたのは確かに事実だった。恐らく乳母が言ったのだとすればそのことのみだったろう。しかしメネーニアは掴んだ糸口を丁寧に紡いだのだ。可能性を疑念へと育て、父を確信させるまでに至らしめるのは、執念に燃えるメネーニアには容易いことだったに違いない。彼女の紡いだ物語の中で、テルティウスの母は不貞を働いた女にされていた。父が戦場に出ていた十数年前のサトゥルナリアに。狂乱の夜に。母は。――じっくりと周到に計画された罠の仕掛けは、テルティウスを見事に絡めとったのだった。
 サトゥルナリア。狂乱の宴。
 その熱に浮かされて、人は平常の心を失ってしまうものなのだろうか。テルティウスには、父の確信を覆す術がなかった。


 我が子に殺されるという予言を得たサトゥルヌスは、五人の子供達を次々に食らったと言われる。そうであるならば、テルティウスを襲ったこの不幸は、相応しい祭りの供物なのかもしれなかった。遠く街の狂騒を聞きながら、テルティウスは身動きも出来ず父を見詰めていた。


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このストーリーに関するコメント

12/12/10 池田K

>>堀田実さん。
初めまして、感想ありがとうございます。
難しくしようという意図は勿論なかった訳ですが、古代ローマの雰囲気を出そうと試行錯誤した結果、どうにもこのような仕上がりになってしまいました。精進致します。
そしてご指摘の筆名についてですが、ごめんなさい海外作品には縁遠くて、恥ずかしながらクッツェーがノーベル文学賞作家だということすら調べて初めて知りました。という次第で、あまり意味はない命名だと思ってくださって結構です。なんだか申し訳ない。

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