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沓屋南実さん

音楽、表社会系、詩、エッセイなど書いております。 よろしく、お願いします。

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赤とんぼコンツェルトシュテュック

17/09/25 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:2件 沓屋南実 閲覧数:776

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「耕筰、謝れよ、向こうに行ったら、ロベルト・シューマンに」。
 これが奴との今生の別れの言葉だった。
 いい年をして、したたかに酔っていた。俺は愛人と別れたばかりで投げやりになっていたのか、うっかりと「おう」と応えた。
 奴は「約束だぞ」と言い、嬉しそうな顔をして高価なブランデーのボトルを俺の名前で入れてくれた。
 彼が謝れと言っているのは、巷で騒がれている「赤とんぼ」のことだ。

 俺がまだ若く、体も細かった頃。
「赤とんぼ」の詞を読んだとき、眼前に懐かしい風景が広がって、このメロディが浮かんだ、誓っても良い。何も旋律が浮かばず、しかたなく、過去の作品から盗っただなんて、とんでもない話だ。
 映画の挿入歌として使われ、俺自身もうっかり誘いに乗って出演し赤とんぼを演奏したものだから、さらにこの曲が有名になっちまった。嬉しいことだが、そうなる前に真実を語るべきだった。
 奴にだけは、盗作疑惑で騒がれたとき心にしまっておけず、話した。そして、新聞・雑誌の記者たちにどう対応するか助言してくれたのに、役に立たなかった。彼の助言が、ではない。俺が悪いのだ。売り言葉に買い言葉みたいなことになって、盗作疑惑をただ否定するだけに終わり、説明をそっくり省いてしまった。
 奴は騒動の後もこの件を心から消し去ることは、なかったようだ。次々と新しく生まれる歌に埋もれず、「赤とんぼ」は広く歌い続けられたから。

「胸を張れるか、お前」。奴はそうも言ったな。「山田耕筰本人から聞いている以上、俺はやはりひっかかるんだ。向こうの世界で会うことがあったら、必ず謝れ」。
 彼が先にあっちへ行っちまってから、俺にはまだ10年ほど寿命があった。

 
 いよいよ三途の川をひょいっと渡り、迎えがいないので俺はどんどん歩き続けた。
 明かりがともっていた。そのなかに、誰かがいる。懐かしい父と母。俺を音楽の世界に導いてくれた姉夫婦も。親戚縁者、恩師や友人たち。顔を見れば、即座に思い出が蘇る。俺は何て恵まれた、良い人生だったのだろう。
 そこから更に歩いていくと、音楽仲間たちの姿があった。東京でオーケストラを作ったときのメンバーがズラッと並んで、それぞれ楽器を手にし演奏を聴かせてくれた。楽しい時代が蘇った。
 俺は再び歩き始めた。

 深い森のなかに入り、ふと足を止めた時。
「おお、君は。コーサクじゃないか?」
 低く落ち着いた声。振り向くと、西洋人のカップルが俺をしげしげと見つめる。
「あなたは?」
 尋ねるや否や、俺は彼が音楽室の後ろに飾られた肖像画の一枚にそっくりであり、奴が謝れと言ったロベルト・シューマンその人であることに気が付いた。俺はひっくり返るぐらい驚いた。
「あ、あ、あ、あの。シューマン先生ですね。び、びっくりしました。ということは、こちらはクララさんですか、あの大ピアニストの」
 夫妻は優しく微笑み、小さくうなづいた。
「いかにも。君ならきっと私がわかると思っていたよ」
 俺はドキッとした。
「妻と私は、ずっと君の音楽を楽しませてもらっていた。君の『赤とんぼ』は素晴らしい」
「恐れ入ります」
 深々と頭を下げた。ここで言わねばと思った。
「申し訳ありません。先生の作品134にとても似ているのは、実は」
「ああ、それは割とあることだから。私にだってね……」
 シューマン先生にも、仲の良かったメンデルスゾーンやほかの作曲家に似ている曲はあると言ってくれた。
「君の感性と私の感性が合ったんだ、素晴らしいじゃないか」
 ならば何も言わずにおくか、しかし。
 俺は、シューマン先生に話し始めた。
「偶然だと思っていたのです。しかし、それから年月を経て、ドイツへ留学した折に出かけたコンサートのプログラムが出てきたんです。そこに先生の作品134がありました」
 俺は、一息ついて続けた。
「一度耳にしていたんです、シューマン先生のこの曲を。記憶の奥に残っていたに違いありません」
 先生と奥様は小首をかしげ見つめ合って、目と目で話をしているようだった。 
「いずれにせよ、詞の魅力が君に、あのメロディを浮かび上がらせたんだ、光栄に思うよ」
 俺は、ほっとして深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。長年の胸のつかえが取れました」
 それから夫妻は俺の他の作品についてたくさん尋ねてくれたので、俺は嬉しくて、ドイツに行く前の時代から長々と語った。
 
「これからは作品134を『赤とんぼコンツェルトシュテュック』と呼びましょうよ」
 クララさんが宣言するように発すると、シューマン先生も力を込めて言った。
「それはいいね。うん、なかなか良いアイディアだ。さすが我が妻だ」
 俺は感激のあまり、涙声になった。
「光栄です! 感謝します!」
「あなたの『赤とんぼ』が素晴らしいからですよ」


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このストーリーに関するコメント

17/10/03 64GB

シューマンは好きですね〜赤とんぼも好きです。それでいいと思っております。

17/10/21 沓屋南実

ぴっぴ様

よく似ていて知った時はけっこう驚きました。
著作権が確立したのは、シューマンの死後のようです。
ともあれ、残念な話題扱いされるたびに考えていました。

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