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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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ポンテ・ヴェッキオの恋人たち

17/09/25 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:500

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「さあ、ジジ。戻って欲しければ約束を守ってちょうだい。ポンテ・ヴェッキオで待ってるから」
 おお、愛しのリリアーナ。俺の部屋から荷物をまとめて出ていこうなんて、そんな酷い話はないぜ。情熱の国イタリアに生まれてこのかた25年、一途に愛してきたというのに何たる仕打ち……。
「出会ってまだ2年だけど」
 可哀想に、心に氷河期が到来したんだね。今抱きしめて温めてやろうじゃないか……。待て、花瓶を投げるな!あの女とは一度きり、本当なんだ、もう浮気はしない。リリアーナ、運命の女は君だけだ!
「さよなら、『ほら吹きジジ』」
 冷たい眼差しのイタリア女は、ジジを憐れむように眺めると、無情にも部屋のドアを閉めて出てゆく。窓の外のオレンジ色の煉瓦の街並みの中に、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の屋根が見える。美しい古都フィレンツェを、泣きながらリリアーナは彷徨うのだろう、か弱い女の身で。彼女には救い手が必要なはずだ、フィレンツェで一番の靴職人の俺が……!
「リリアーナ!愛しているんだ!」、ジジが叫ぶと、勢いよくドアを蹴るガンッという激しい音がした。
 相当怒っているらしい。ジジが怖々にドアのすき間から外を見ると、彼女の姿はどこにもなく、ヒールの折れた白い靴だけが無残に転がっていた。


「君のためのフィレンツェ一の靴を作ろうじゃないか!お伽噺のような幸運を招く、素晴らしい君だけの靴を」
 口癖のように言ってきたその靴は、形にならないまま仕事場に放置している。
 この靴が出来たら結婚しよう、ジジはそう約束しながら何十回デザインを考えたか分からない。
 ……駄目だ、全然何も思いつきやしない。
 ジジは頭を抱え途方に暮れた。
 本当は、女を幸せにする自信なんてこれっぽっちもなかった。大聖堂のそばの古びた靴屋と、口先の達者な色男ぶりは死んだ父親から譲り受けた遺産だ。女に目がなく、大言壮語で『ほら吹きジジ』と渾名されていた彼が変わったのは、リリアーナと出会ってからだった。
 彼の住居は半分仕事場になっていて革の匂いが充満していたが、古ぼけた時代の残り香を嗅ぐようで好きなのだと言った女はリリアーナが初めてで、気の合った二人はやがて一緒に暮らし始めた。
 週末は一緒にワインを傾け、ピザをつまみ、映画に泣き笑いし、一つのベッドで抱き合って朝まで眠る。4度も母親の変わったジジの人生の中で、彼女といる時間は最も穏やかな至福の光に包まれていた。
 しかし家庭を持つことを考え始めたジジは、明るい未来に反して不安を覚え始める。
「……俺なんかが、妻子を持つことが出来るのか?」、悩みは仕事に反映し、不調に陥ったジジはバーで酒を煽り、たまたま知り合った女と意気投合し朝帰り……信頼も愛情も失う事態に、こうして陥ったのである。
 自分で言うのも何だが最低な野郎だ。
 だがそんな事は何もかもお見通しで、リリアーナはジジを試しているのだ。
 脱いだガラスの靴を履いてもらうには、どうすればいいのか……。


 アルノ川にかかるポンテ・ヴェッキオは、プッチーニの歌劇のアリアに歌われるフィレンツェで一番古い橋だ。両側には宝石店がひしめき、橋の上から落ちそうなほどに見える不思議な景観は、昔からここで暮らす者の大らかさを醸し出している。
 だから素足の女が一人いたところで誰も不思議に思わない。
 ……リリアーナはジジが結婚を迷っていることは承知だった。口と手は早いくせに、女がいないと迷子になったような困った顔をする。まるで小さい子供だ。
 いい加減、自分の足で歩きなさい、ジジ。
 私は、あなたがいなくても歩けるんだから。
 怒り疲れた女の手を、男が捕まえる。「リリアーナ!」、ジジは陽気な声で彼女を振り向かせた。
「約束通り、君のためのフィレンツェ一の靴が、ここに!」
 リリアーナのつま先が地面を離れ、スカートが舞い上がる。
 目を丸くした彼女を軽々と膝から抱き上げるジジの目は、迷いの森を抜け出したように生き生きと輝いて清々しかった。


 彼の足には丹精込めて作ったお気に入りの革靴。
 念入りに手入れし大切に履いて来た、ジジの宝物だ。


 リリアーナは「遅いわよ、馬鹿」と呟く。
「ごめんよ、君を傷つけて。俺はこの靴で君の隣を歩き続ける。いつまでも二人で幸せに暮らすんだ」
 抱き着く彼女の顔に頬を寄せて、ジジは誓いを立てた。
「俺と結婚してくれ」
「私の靴は?」
「一生、お前が履いていられるように俺が直す」
「また浮気したら承知しないんだから」
「何ならその言葉、墓に刻んでくれてもいい」
「あなたのそんな所が好き、『ほら吹きジジ』」
 二人は長い接吻をすると、そのまま結婚指輪を求めてついに宝石店のドアをくぐった。
 
 ガラスの靴は脱いでも指輪は外さない約束を、ともに誓おう。


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