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雪見文鳥さん

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紫色の薔薇

17/09/08 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 雪見文鳥 閲覧数:405

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 若草がそよそよとたなびく草原に、一輪の紫色の薔薇が咲いていました。その花びらは揚羽蝶のように美しく、絹糸のように滑らかでした。
 その薔薇には見た人すべてを惹きつける魅力がありました。「天国に咲く花のように美しい」と、もうすぐ6歳になる男の子は言いました。「僕のおじいちゃんも、今頃こんな薔薇を眺めているかもしれないぞ」
 ある朝、草原に一人の美女が現れました。もっともその美女は、みずからの美しさを鼻にかけるので、村中の人たちから嫌われていたのですけれど。
 美女が紫の薔薇に手を伸ばし、その翡翠のように輝く茎を折ろうとした瞬間、薔薇は美女に向かって叫びました。
「なぜ私を折ろうとするのですか」
「あなたが、幻の品種といわれる薔薇だからよ」と美女は答えました。「幻の紫の薔薇を食べた人は、永遠の命を手に入れられると聞いた事があるわ」
「そこまで命が大事ですか」
「命は誰にとっても大切なものよ。透き通った湖よりも美しく、ダイヤモンドよりも貴いの。毎朝太陽の黄金色の光を浴び、鳥のさえずりに耳を澄ませることができるのも命があるからよ」
 そう言うなり、美女は紫の薔薇の茎を折ってしまいました。けれど紫の薔薇にとっては、そんなことは大した問題ではありませんでした。この薔薇は死を恐れないのです。
「ならば私はあなたに身をささげましょう。その前にひとつだけ願いを聞いてもらえますか」
 紫の薔薇はそう言って、丘の上にある赤い屋根の家を見つめました。
「あの家には栗色の髪の男の子が住んでいます。男の子は、まだ私がつぼみだった頃、私が虫に襲われていたところを助けてくれたのです。だから私はそのお礼に、私が花を咲かせたら、このスミレみたいな色の花びらを男の子に見せると約束したのです。なのに私が花を咲かせてからも、あの子は会いに来ないのです。だから私を食べる前に、私をあの子の家まで連れて行ってほしいのです」
 美女はすんなりと頼みを聞き入れました。そのあと紫の薔薇が手に入るのならば、それくらいはしてやってもいいと考えたのです。美女は水筒の中に薔薇を入れ、家まで続く長い道のりを歩き始めました。
「貴方の髪飾りは美しいですね」紫の薔薇は、砂利道をてくてくとあるく美女に向かって話しかけました。「純金の髪飾りに、鷹の目のような色の石が散りばめられていますね」
「お父様がくださった髪飾りよ」予期せずに褒められたことにより、美女の機嫌が良くなりました。
「お父様が、私の15歳の誕生日にくださったの。髪飾りをした私の事を、本物のお姫様みたいだと言ってくれたわ。なのに、村の連中は、この髪飾りは派手すぎると陰口を言うの。まったく嫌な連中よね」
「貴方の唇の色は美しいですね」静かな星空の下、ゆっくりと歩く美女に向かって、紫の薔薇は言いました。「鳥の嘴のように赤いですね。赤は欲望の色だって聞いた事があります」
「それは、お母様がくださった口紅のおかげかしらね」と、美女は答えました。「とても優しいお母様だったわ」
 紡いだ声が、掠れました。
「素敵なお母様だったのですね」と、薔薇は言いました。
「ありがとう」と、美女は答えました。
 一緒に旅を続けるうちに、いつしか美女は紫の薔薇の事が好きになっていました。そして、薔薇を折ってしまった事を後悔するようになっていました。この旅が終わったら、この薔薇を花瓶の中に入れ、枯れるまで愛でたいと思いました。


 旅を始めて5日目に、薔薇と美女は、栗色の髪の男の子の家に辿り着きました。けれど、男の子は原因不明の病に倒れていました。治療法もまだ見つかっていない、悲しい病気でした。
 けれども美女には、まるで冬の湖のように白い顔で横になっている男の子よりも、黙って男の子を見つめる紫の薔薇の様子の方が気になりました。何かを諦めたようでもあるけれど、何者にも屈しない、凛とした様子で佇んでいたのです。
 長い沈黙の末、紫の薔薇がぽつりと言いました。
「恐れません。死と太陽は、直視することができませんから」
 瞬間、何かがみしりと音を立てて割れた気がしました。それはみずからの心が悲鳴をあげた音だと、美女ははっきりと理解していました。美女は、この薔薇が背負った悲しい運命を思って泣きました。


 美女は、灰色のマントで顔を隠して、男の子の前に立ちました。美女の手には、紫色の粉が握られていました。まるでスミレのように美しい、紫色の粉でした。
「これ、何?」男の子は首をかしげました。
「万能薬です」と答えた美女の声は震えていました。
「あの薔薇は、確かに約束を果たしました」と、美女は言葉を続けました。「ですから貴方はもう、あの紫の薔薇の事は忘れて下さい。貴方は黄金色に輝く陽の光を浴び、新鮮な空気を味わえる喜びを噛みしめ、微笑んでいてくれればいいのです」


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