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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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忘れていた約束

17/09/03 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:792

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 夕刻の、会社帰りの人々でごったがえすビル街の歩道を歩いていた宗友は、その青の野球帽に同色のブルゾン姿の男性とすれちがったとき、ふとなにかがひっかかった。刑事の勘というやつだ。
 ふりかえるとその人物は、家電専門店のなかにちょうど入るところだった。年の頃は四十前後、身のこなしが敏捷で、人々の間をじつに巧みにすりぬけてとおった。顔はたえずうつむき加減で、宗友の目からみれば、他人の視線を避けている節が窺がえた。
 宗友は腕時計にちらりと目をはしらせてから、じぶんも人々をかきわけながらその店にふみこんでいった。
 男は、広い店内をゆききしてから、何かを買い、利用者の多いエスカレーターではなく、階段をおりはじめた。
 似てる………。いまならどこの交番にも張り出してある指名手配犯のひとり、大岡芳郎に、よく似ていた。その写真はいまから5年前のもので、そこには少しぽっちゃりした顔の大岡がいた。いまあそこにいる男は、顔は痩せこけ、目もおちくぼんでかなりやつれた観があった。一般人がみたら、おそらく彼を写真の大岡だと断定することは困難だったのではないだろうか。訓練を積み、人相のみわけ型を徹底して教育された宗友だからこそ、あやまたずに本人だとみきわめられたのだった。
 宗友は、がぜん闘志を燃やした。強盗殺人を犯して逃亡をつづける大岡だった。大物の出現だ。
 しかしまだ、確証はとれていない。大岡には首筋から胸中央にかけて、ナイフの傷痕が残っているはずだった。彼のブルゾンは、まだけっこう暑さの残る秋のはじめに、のどもとまでジッパーがしっかりあげられていた。すれちがったとき、顔から汗が流れ落ちているのをみとめたとき、宗友はおやと思ったのだった。
 男は一階の、トイレに入った。いそいで宗友もトイレにはしった。
 トイレ内には、他に利用者はいなかった。男は用をすますと、洗面台に歩き、胸のジッパーをおろしてざぶざぶと顔をあらいだした。さすがに、我慢できなかったのだろう。顔をあげたさい、シャツの襟からのぞく、ありありと残る傷跡が鏡にうつしだされた。男はそのとき、こちらにむけられる宗友の刺すような視線にぎょっと目をみはった。
 すかさず宗友は、
「警察だ、大岡だな」
 それをきくと、はじかれたように出口にむかいかける彼の肘を、宗友は力まかせにわしづかみにした。
「おとなしくしろ、にげられないぞ」
 柔道の全国大会で、三位入賞をはたすほどの宗友の膂力に、大岡は勝ち目がないとみたのか意外にあっさり頭をさげた。
 そのとき、彼のポケットで、スマホが鳴りだした。
「娘からです。お願いです、出させてください」
 悲壮なまでの彼の表情に、のどもとまででかかった、否定の言葉をおもわず宗友はのみこんだ。
「いままで頑なに私をこばんでいた娘がはじめて、心をひらいて会うといってくれたのです」
 大岡はそして、その娘の手土産にと、デジカメを買いにここにたちよったのだと打ち明けた。
 独身の宗友には、そういった親子の微妙な感情にはうとかったが、彼の娘に会いたいとおもう強い気持は、さすがに理解できた。
「それじゃ、出ろ。ただし一分間だけだ」
 大岡はスマホを耳にあてた。
「真理子、まっているのか、すまない、お父さんももうじき………」
 そこでまた宗友の顔をみて彼は、ため息をもらすと、そのあとはなにもいえずに、早々とスマホを切ってしまった。
 宗友が、けげんそうに彼をみると、いきなり大岡は床にべたりと座りこみ、その額を床にこすりつけるようにしながら、
「刑事さん、お願いです。一目、娘にあわせてもらえませんか。娘はすぐそこの歩道で待っています。せめて顔だけでも、みさせてもらえないでしょうか」
 宗友はながいあいだ黙りこんでいた。背後で足音がして、いそいで彼は大岡の肘をつかんで立たせてやった。
 ―――すでに外は夕闇がたれこめていた。絶対に逃げないことを約束して大岡は、宗友と二人、娘のまつ陸橋の下の歩道までやってきた。そして大岡を一人で娘のところまでやると、それから十分たらず、親子がやりとりしているあいだ、宗友はこちら側で待っていた。
 約束どおり、ひとりもどってきた大岡の顔は涙にまみれていたが、心おきなく娘と話ができたことでどこか安堵の様子がうかがえた。そのまま宗友は彼を署まで連行した。
 
 まちあわせ場所のレストランにかけつけたときには、すでに彼女の姿はどのテーブルにもなかった。きょうは彼女の誕生日。デートの時間に、大幅に遅れてしまった。宗友は彼女に電話し、ざっくりと事情を説明してなんどもあやまった。しかし彼女の怒りはおさまりそうになく、電話ぐらいいれられたでしょう、わたし、約束をまもらない人はきらいですといわれて、すっかりおちこんでしまった宗友だった。


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