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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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約束を破ったひとり

17/09/02 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:459

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 賢者は、いつかはこういうときがくるだろうと思っていた。
 ここにいる四人もまだ幼かったときは、誰もみな同じように見えた。毛の色や、手足の長さは異なるものの、木によじのぼって実をかじり、若草を頬張ったりするのはみんな似たようなものだった。
 かわりだしたのは、成人になったあたりからか。なにより、考え方にちがいが出はじめた。ガッチリは、なにかと興奮しやすく、誰彼なしに喧嘩をふっかけた。血の気の多いのも、こいつが一番だ。それに比べてコワモテは、いつもどっしりと落ち着いて、その恐ろしい見かけとは裏腹に、心優しく、仲間の面倒みもよかった。賢者はというと、これはもう森の思想家と異名をとるほどの、沈思黙考の人で、神羅万象のできごとにあかるく、おいしい草はどこでありつけるかを、いいあてることもできるほどだった。
 あとひとり、ヒヨワがいた。好き嫌いを口にしない賢者も、このヒヨワだけは、どうにも虫が好かなかった。体は見劣りがした。とりわけ、全身の毛が異常なまでに少ないことだった。頭でっかちで、森のなかを歩くときのその、覚束ない恰好ったらなかった。けち臭く、すべては利害勘定でしかうごかなかった。影では悪口をいうのに、その本人のまえではよくお世辞をいって機嫌をとっていた。子供の頃からの遊び仲間だからいまもしょうがなくつきあっているというのが、他の三人の本音だろう。
 あるとき、ふいにコワモテが、神妙な面持で口を開いた。賢者は最近、地平線上におちてゆく夕陽に、じっと顔を向けているコワモテを、よく目にした。漠然とながら、賢者にも、彼の胸のうちを去来するものが、わかるような気がした。もうみんな子供ではないのだ。
「おれたちも、そろそろ、独り立ちするときじゃないだろうか」
 コワモテが、その幅の広い胸をさらにひろげながら、ガッチリ、ヒヨワ、そして賢者を順にながめた。
「体内を流れる血が、そうささやきかけるんだ」
 賢者は、仲間たちの態度にちらと目をはしらせた。コワモテの言葉が決して寝耳に水でないことは、かれらの意外に冷静な反応が物語っていた。
「おれも、いつまでもこの古巣にくすぶっているのが、苦痛になっていた。遠くへ、旅立ちたい、そんな気持がひましにつよくなってきた」
 とガッチリがいうと、その横ではヒヨワが、これはどっちともとれるあいまいな表情をうかべている。
「自分たちはもしかしたら、それぞれことなる道にむかうんじゃないだろうか。ほら、毛並みや、顔かたちも、微妙にちがってきているだろ。これ以上いっしょにいるのは、自分たちの血に背くことかもしれない」
 賢者の言葉に、仲間たちは一様にうなずいた。
「そうときまったら、はやいほうがいい」
 時間がたてば、昔からの絆があたまをもたげるのは賢者ならずとも目にみえていた。
「わかった。そのかわりみんな、5年がすぎたらこの場所で、あうことにしないか」
 コワモテの案に、ガッチリは大きくうなずいた。
「それはいい考えだ。みんなどう成長をとげているか、この目でたしかめるのもわるくはない」
 四人は固く手を握りあい5年後の再会を約束して、その場で背をむけあうと、あとは力強い足取りで離れていった。
 5年の月日など、あっというまだった。その間、森の木々は成長し、草花もまた模様変えをしていたが、遠くにのぞむ山は微動ひとつせず、渓谷に飛沫をはねあげる流れは、ひとつもかわってはいなかった。とはいえ賢者の体毛はより赤味をましてのび、ガッチリはさらにがさつになって、たえずきょろきょろと辺りをうかがうようになっていた。コワモテはどうかというと、これはもう森の王者然となって、岩かともみまがえその巨体を威風堂々とそびやかせていた。
「ヒヨワは、どうしたんだ」
 みんなはあたりをみまわした。しかしいつまでたっても、ヒヨワがやってくる気配はなかった。
「やっぱりな」
 賢者はいった。森にいても、平地でのできごとが、噂として伝わってきた。ヒヨワが仲間をふやしてかれらどうし、群れていることもきいている。こすっからさはますます度を増して、欲望のままに動植物を食べあさり、仲間どうしで争いも絶えないという。
 ガッチリはそれをきくと、
「じゃ、くるわけないか。昔の仲間にあったところで、一文の得にもならないからな」
 かれらはもうヒヨワのことは忘れて、これまでのことをいろいろ、夢中になって話しあった。楽しいひとときはあっというまにすぎてゆき、はやくも別れの時がやってきた。
「それじゃまた、五年後にあおう」
「みんな、達者でな」
 三人は再び約束を交わして、それぞれことなる道に向かって進みだした。それらの道はどれも、深い森につづいていたが、五年前、ヒヨワだけが森を拒むようにしながら迷い迷い、平地にむかったことを、さすがに賢者もおぼえていなかった。


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このストーリーに関するコメント

17/09/03 セレビシエ

拝読しました。
ヒヨワが頭ごなしに否定されて救われない感じが人間味溢れていてぞわぞわとしました。
面白かったです。

17/09/03 W・アーム・スープレックス

こういう生き物こそ、人間候補に最適と、つねづね思っていました。他の連中はむしろ、本能的に人間になることを拒否したのではないでしょうか。
セレビシェさん、ありがとうございました。

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