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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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テレポーテーションシンドローム

17/08/28 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:587

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 ◇
 河西優璃奈は高校卒業後に上京するので「呼ばれれば、いつでも駆けつけるから」と、俺は彼氏らしいことを言ってみる。電車のドアが閉まって、優璃奈の顔が今まで見たことのない表情に歪むけど、ガラス越しでは不鮮明で涙に色はないので、俺は彼女が泣いていることに気づけない。そして、俺は心底馬鹿なので、自分の無責任な発言がどれほど重要な意味をもつ言葉だったかに、その時は気づけずにいる。

 ◇
 ーー彼女が死んだ。

 俺が病院へ着く頃には、ベッドの上で彼女はもう冷たくなっていた。東京に住む親戚から車を借りて、地元へ帰省中、トラックに追突されたらしい。

「優璃奈ね、病室で最後まであなたの名前呼んでたわよ」
 俺の隣に立つ優璃奈のお袋さん。彼女の瞳から光が失われていて、その光源は紛れもなく、娘の優璃奈そのものだったのだと確信する。
「すみません」
「どうしてあなたが謝るの?」
「……何もできなくて」
 俺は適切な返しなんて思いつかず、ただ自分が無力な人間であることを謝罪した。
「いえ、違うわ。私がいけないのよ、私が」
 葬儀中、ずっと涙を堪えていたお袋さんが、膝から崩れ落ちた。親父さんや親族がお袋さんに駆け寄るなか、俺は何も言えずに立ち尽くしている。
 
 ーー俺は未だ、優璃奈の死を受け入れられずにいた。
 自身に残る一つの後悔が、俺の心臓を叩き続けて止まない。

 ◇
 俺は近々、死のうと考えていた。
 愛していた彼女が死に、それなのに涙の一つも零せない俺は、道端に吐き捨てられたガムより価値のないゴミだった。

 バイトが終わると家に帰り、そのまま布団に潜り込む。
 すると、テーブルの上に置いてあった空き缶が、不意に倒れて転がり、床に落ちた。
 気にせず瞼を閉じると、金縛りに遭い、枕元に何者かの気配を感じたが、俺は怖くなんかない。

 多分これは、亡くなった優璃奈の怒りによるものだ。
 
 体が硬直して身動きが取れなかったが、心だけは依然俺のもので“不甲斐ない彼氏でごめんな”と俺は胸中で呟いた。
 その想いは恐らく、彼女には届かないだろう。

 それ故に、俺は自ら命を断って、死後の世界へ旅立ち、優璃奈に直接謝罪したかった。
 優璃奈が東京へ行くあの日“呼ばれれば、いつでも駆けつける”なんて口にした、出来もしない約束が、ずっと俺を呪い続けている。

 優璃奈は亡くなる直前でも俺の名前を呼んでいた。約束を信じ、俺が駆けつけるのを待っていたのだ。

 ◇
 天井から釣り下がる電灯を外し、その電源コードにロープを巻きつけて輪っかを作ると、俺は椅子に上がってその穴に頭を通した。

 椅子を蹴って俺の体が宙へ浮かんだ瞬間ーー。
 覚悟を決めていたはずなのに、俺は途端に生へと執着した。首に巻かれたロープを外そうと、必死になったのだ。

「馬鹿じゃないの!」
 薄れゆく意識のなかで、青白い光が鮮烈な輝きを放ち、誰かの声が飛んできた。
 重みに耐えきれなくなったロープが繋ぎ目から解け、俺は床に尻餅をついてしまう。
「痛っ!」
「コウくん、何か勘違いしてない?」
 俺は止まらない咳を何とか鎮め、恐る恐る顔を上げた。

 ......そこには死んだはずの優璃奈が立っていた。
「ゆり、な?」
「何で死のうとしてんのよ! 意味わかんないよ!!」
「だって、俺があんな約束したから」
「そんなの超能力者でもないんだから、不可能だってわかってるよ! でも、私はちゃんと嬉しかったから。心強かったから。だから、自分の言葉に後悔するのはやめて。私、別に怒ってない!!」
「俺は」
「コウくん、約束して。私がいなくても、ちゃんと生きて」
 優璃奈の瞳が、俺の心を射抜くように真っ直ぐだ。
「俺にそんな価値なんて」
「この世に産まれた時点で、コウくんの命はコウくんだけのものじゃない」
「……」
「コウくんが死んじゃったら、私は悲しいよ!」
 そう優璃奈は叫び、一瞬で姿を消してしまった。本当に、一瞬で。

 ーーなぜ、優璃奈は瞬間的に俺の元へ現れ、助言したり励ましたり救ってくれようとするのに。
 俺は死後の世界へ瞬間移動して、大事な人に少しの想いも届けることができないのだろうか。

 ......そんな子供みたいな愚痴を、優璃奈から怒られた後でも考えてしまうのが、俺が馬鹿な証拠だ。

 ただ、ようやく涙を流すことができた俺は、少しはマシな人間に戻れたのだろう。
 ようやく彼女の死と、それにまつわる後悔に、向き合う決心がついたのだ。
 
「優璃奈。俺、今でもやっぱり、ちゃんとお前のこと好きだわ」
 俺は優璃奈との約束を果たすために、歩き続けなくてはならない。

 あの時こうしていればは、もうやめよう。前を向け。今を生きろ。今は笑えなくても、優璃奈に笑われないよう。
 今、今、今。


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