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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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鬼ヶ島異聞

17/08/14 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:6件 冬垣ひなた 閲覧数:835

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 女をさらった。
 道の両脇に咲く黄色い花がどこまでも続いて、息子らしい少年が泣きながら、女を担ぐ私の後を追ってくる。
 私はこの国の言葉を知らないが、その子の叫びが虚ろに響く夜の事を、忘れはするまい。
「このオニめ……!」

  ♢

 突然の嵐で、祖国の港に帰るための貿易船が漂流し、名もない無人島にたどり着いた時には途方に暮れた。生き残ったのは、船主の私と生後間もない娘のアーニャ、そして5人の船員だけだった。
 妻は死んだ。いや、殺された。
 救命ボートで無人島から渡った陸には、現地の住民がいた。言葉も通じず、異国の身なりをした彼らを、脅かしてはなるまいと銃を外し、私は窮地を救ってもらおうとした。しかし、彼らは妻の身に着けた宝石に目が眩み、私たちを襲ったのである。多勢に無勢、私は妻の亡骸さえ置き去りにするしかなく、無人島に引き返したが悲しみに暮れる暇はなかった。
 私たちの愛しい子がお腹を空かせて泣いている。船に積んだミルクだけではひと月も持ちそうになかった。
 このままでは、娘まで……死んでしまう。
 アーニャに乳を与える女が、どうしても必要だった。


 赤子を持つ母親なら乳も出るだろう。隠れ住む洞窟に連れてきたのは、黒髪の気丈な女だ。
 落ち着いた様子で脅す必要はなさそうだった。
 私が、金色の巻き毛の赤子を恐る恐る差し出す。
 女は驚いたようだったが、アーニャが布で隠れた女の胸を求めると、理解したかのように胸をはだけ乳を含ませた。
 懸命に乳を吸う私の娘は、それが自分の母でないとは疑わぬのだろう。安心したように身を委ねている。
 突然の不幸に翻弄された私たちは熱い目頭を押さえた。故郷の家族を思い出す。彼女に乱暴を働く者は一人もおらず、奇妙な精神の均衡で、異国の女を交えた生活が始まった。


 しばらく寝食を共にするとそれなりに心は通じ合う。
 女の名はタエという。ここはロシア帝国の南にある島国で、住人は排他的、徒歩での帰郷は叶いそうになかった。
「タエ……オニとはナニだ?」
 覚えたての異国語で、私はタエに尋ねた。
 最後に残した、彼女の息子の言葉。オニとは……人間に似た姿をしていながら、恐ろしい角の生えた生き物でございます……タエは困った顔で教えてくれる。砂浜に書かれた『鬼』という文字は波に消えたが、言葉を投げつけた少年の恨みの声が、私の心にこびりついて離れなかった。


 子供の成長は驚くほどに早い。床を這い、歩き始めたアーニャを見たときの、私と仲間の喜びようと言ったらなかった。島へ流れ着いて8か月が経つが、タエは本当の母のようにアーニャの面倒を見る。泣けばあやし、笑えば笑う。抱いては子守唄を歌い、赤ん坊の食事の支度をすることも厭わぬ、きめ細やかに気の付く女だ。
 ……しかし、彼女の子供たちはどうしているだろうか。
「ムラに、カエりたくないのか?」
 タエは、夫が子供を見ていてくれるだろうと言った。
「アーニャは、私の手で育てさせてください。幼子には父親と母親が必要なのです。なのに……」

 家には貯えがなく、赤ん坊まで売られるところでした。
 どうしてもお金が欲しかった。
 アーニャから、母を奪ったのはわたしの夫でしたから……酷い事をしました。
 タエはそう言って涙をこぼした。

 ……薄々は気付いていた。タエはどうしてこんなに優しいのだろうかと。
 しかし、私は彼女を許すことにした。
 何も知らずタエに甘えるアーニャ。
 我が子のためにオニになる気持ちならば、私も知っている。

 島のきらめく砂浜に、私とタエは漆黒の心を埋めた。さざ波のように繰り返す穏やかな日々。アーニャと戯れるタエの髪は、海水で洗われるうち赤く縮れ、7年の歳月が経ったある日、島の平和が終わった。

  ♢

 剣を振るう一人の若者が、次々と私の仲間を斬り殺してゆく。陸の住人が、ついに島に乗り込んできたのだ。悪夢の惨劇が逃れられぬ現実となり、私たちに迫る。
 タエは……彼女はアーニャを庇いながら息絶えていた。最後まで、娘の「マーマ」として。
 生き残った私一人を、若者は憤怒の形相で睨み付け叫んだ。

「母のかたき!鬼め、退治してくれる!」
 私は自分の大罪を今になって目の当たりにした。
 ああ……私は鬼を育ててしまった! 母を母と分からぬまま殺した哀れな鬼を。

 しかしその絶望の中から泣き声が聞こえた。アーニャだ、私は我に返った。
 握った銃に弾は入っている、迷っている時間はない。
 復讐か……ならば私も娘のために何度でも鬼になろう。私の心を黒い炎が焦がしてゆく。
 若者の斬撃と銃声は同時だった。
 
 ……洞穴で、最後の絶叫が響くと蠟燭の明かりがふっと消え、あとには漆黒の闇がどこまでも続いていた。


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このストーリーに関するコメント

17/08/16 待井小雨

拝読させていただきました。
子供のために鬼にならざるを得なかった主人公。そして彼の妻を殺し、鬼にする切っ掛けを作ってしまった住人。
互いに生きるためであり子供のためであるからこそ、どちらを憎むこともできないと感じました。
そして母を母とも知らずに殺してしまう若者をただただ悲しく思いました。
雰囲気のある物語でとても好きです。

17/08/16 沓屋南実

殺し合いの発端は、宝石に目がくらんだ者の強欲。
主人公も少年も家族が大事な、優しい人たちなのだ。普通の人の幸せを強欲が壊した。だから鬼になる。

あらゆる戦争において、普通の人が従軍し普通の人を殺戮していることを、改めて思います。
今が8月であることも、意味を感じます。

17/08/20 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像はPixabayからお借りしました。

17/08/20 冬垣ひなた

待井小雨さん、コメントありがとうございます。

生きる事、生かす事に、誰かを犠牲にしなければならないとき、普通の優しい人の中にも、何かのきっかけでふと鬼は宿る。子供のためというのは、特に誰もが陥りやすい道なのではないかと思います。自分には珍しく狂気を書いた作品ですが、作風を崩さないよう気を付けました。とても好きと言って頂けて嬉しいです。

17/08/21 冬垣ひなた

沓屋南実さん、コメントありがとうございます。

子供のため、悪事の魅力に勝てず、人としての一線を越えてしまう。連鎖する悲劇の中、親側、そして子供側からみた物語、どちらも本当なのでしょう。私はよく戦争を題材にした作品を書くのですが、沓屋さんのご指摘で、この作品も精神的には地続きなのかなと感じました。

17/10/01 光石七

拝読しました。
動機が動機だけに悲劇の連鎖が切ないです。
ひなたさんらしい落ち着いた文体が静かに心の奥を揺さぶってくるようでした。
情深い優しい人たちが何故鬼となり傷つけ合わねばならないのか、生きるとは何なのか……
深いお話でした。

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