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浅月庵さん

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エスカレート幼児

17/08/14 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:597

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 ◇
 あなたを見て湧き上がる、止めどない愛情は、いつしか激情へと性質を変えていった。
 産まれてきてくれただけでありがとうと、手放しに喜んでいた日々は忘却の彼方。私はその感情を足元へ転がすと、爪先で遠くへと蹴り飛ばした。

 ◇
「真希もさ、早く賢司くんと結婚して、子どもつくるといいよ」
 私と、友人である由香理は、近所のファーストフード店に訪れていた。
「結婚に、子どもね。私たち、まだ付き合って一年も経ってないんだよ?」
「時間なんて、それほど意味を持つものじゃないと思うけどなぁ」由香理が、テーブルの脇に置かれたベビーカーへ手を伸ばす。裕翔くんの短い手足が、泳ぐみたいに宙をバタバタ掻くと、由香理の胸へと収まった。「子どもはいいよ。可愛いし、人生変わるよ」
 由香理が裕翔くんへ向ける笑顔に、私は思わず見惚れてしまう。高校時代、購買で売られている、チョコのかかったドーナツが売り切れていただけでヘソを曲げていた由香理が、今では立派な一児の母親だ。

 果たして私も、こんな風に我が子に対して、マリア様のような眼差しを送ることができるのだろうか。そう自問自答を課すのと同時に、私は特段子どもが好きではないことを思い出す。

 確かに子どもは可愛いと思う、たまに。
 自分の子どもだったら、その子のためになんだってするだろう、多分。
 ただ、確信的な自信を持てない私は、今は子どもを産むべきではないのだろう、絶対に。

 ーー自宅に帰ると、賢司がおかえり、と笑って私に飛びついてきた。私は賢司の、子犬みたいなところが大好きだ。尻尾を左右にブンブン振っているのが私の目には映るし、そこがたまらなく愛おしい。
「今、ご飯作るから」
「今日はなに?」
「オムライスにしようかと思って」
「やった! 真希のオムライス、超うまいんだよなぁ」
 私は賢司の頭を撫でると、由香理との今日の議題を、賢司にも投げかけることに決めた。

「あのさ、賢司」
「なに?」
「賢司ってさ、子どもほしいと思う?」
「どしたの、急に」
「大した話じゃないんだけど。由香理が、子どもは可愛いよ、なんて言うからさ。私ってそんな子ども好きなわけじゃないから、賢司はどうかなと思って」
「んー。由香理との子どもなら、めちゃくちゃほしいなって思うし。全力で愛情注ぐよ」
「えっ、本当に?」
 恋人同士なら当たり前の返答かもしれない。それでも私は、素直にその言葉を嬉しく感じた。
「でもさ、俺ってフリーターだし、この前も仕事辞めちゃって、今は職探してる最中だから。子どもつくるのも、結婚するのも、自分がちゃんとした大人になってからがいいと思うんだよね」
 私は賢司の発言に、少しだけガッカリする。
 それと同時に、賢司がしっかりした考えを持った大人だとわかって、安堵するのだった。

 ◇
 子どもは当分、先のことだろうと、そう信じ込んでいた。
 だけどあれから賢司と話し合って……私は今子どもを抱いている。

 初めは可愛いと、そう思った。母性が総動員でフル活動。無垢な愛情が勝手に私の手を動かし、あなたの頭を撫でさせた。こんな日々がいつまでも続くことを、無条件に願ったのだーーそのときは。

 ……その感情も、遠い過去のこと。私は日に日に、自分のなかにストレスが蓄積されていくのを感じた。
 あなたはわんわん喚いてばかりだし。着替えも一人ではできないし、ご飯だって私が与えないと食べやしない。もう疲れた。早く独り立ちしてくれないかな。

 私はあなたに対して怒りを覚えている。
 もしくはそれすら通り越して、殺意すら抱いているのだったーー。

「由香理ママ〜。リモコン取って〜」

 私は母親になった。
 そして……賢司は子どもになった。

 子育ての予行練習なんて上手いこと言って、いつしか賢司の私に対する甘え方がエスカレートしたのだった。
 賢司は次のバイトを探すことすらやめ、私を都合よく母親扱いする。
 その行為の数々に、私は愛情を感じることができないし、次第に私の賢司に対する愛情も霞んで見えなくなってしまったのだ。

 私は賢司の顔面に、思い切りテレビのリモコンを投げつけてやりたい気分だったけど。
 それをしないのは、私が大人だからだ。

 ......だけどそろそろ、いい加減賢司と別れようと思う。
 一方的に甘えられるのは、もうウンザリだ。私だって、好き勝手に甘えさせてくれる、心の拠り所がほしい。

 私はすっかり“育児”に疲れ果ててしまい、賢司がいるのに職場の先輩と浮気をしている。
    
 でも、別にいいよね。
 私には彼氏も旦那もいない。家に帰ったって、一人じゃなにもできない“子ども”しか待っていないんだから。

 ーーなんて、自分の非を正当化しようとする、私もまだまだ子どもなのだろう。


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このストーリーに関するコメント

17/08/15 待井小雨

拝読させていただきました。
「彼氏」として付き合っている段階ですでに若干の甘えが垣間見える賢司。
甘えがエスカレートしてこんな態度を取るようになれば見捨ててしまっても当然だ、と思ってしまいました。

オチを教えていただいてから読みましたが、知らずに読んだ場合はまた違った読み心地があるのだろうなと思いました。

17/08/22 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
あの……これから入籍しようとしている私から見ると、地獄のような状態ですね……
浮気(不倫)を肯定する訳ではありませんが、主人公は本当に浮気でもしないと精神崩壊しますよ……(´Д`)

誰かの実際のお話かと思うほどリアルな描写で、いい意味で「私がリモコンの角で殴りましょうかね?」って思うくらい感情移入しました。
素晴らしい作品、有り難う御座いました。

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