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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ちかづきすぎ

12/12/03 コンテスト(テーマ):【 喫茶店 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1940

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 喫茶店の駐車場に、美保の赤い車がすべりこんでくるのが見えた。約束の時間を5分遅れてきた。栄二はむしろ彼女の遅刻を喜んだ。彼の頭の中には、機械イコール正確という既成概念があった。
 アンドロイドは遅刻をしない。だから美保は人間だ。それはしかし、いまはまだ願望の域を出なかった。
「ごめん、遅れちゃった」
 舌を出しながら美保は、栄二の席までやってきた。栄二は、美保がスカートの裾をのばしながら椅子に座る様子を、さぐるような目つきでながめた。
 彼女は、アンドロイドではないのか?
 その疑問が栄二にめばえたのは、いまから3日前のことだった。
 3日前の晩、高杉という彼の親友がたずねてきた。だいぶ酔っていて、ふだんは穏やかな彼が、怒りの形相を浮かべている。理由を聞いて、栄二も驚いた。高杉が3年間つきあっていた女性が、じつはアンドロイドだとわかったのだ。これまで人間とばかり信じこんでいただけに、彼のショックは大きかった。彼女が交通事故にあって、運びこまれたところが病院でなく、アンドロイドの修理工場だったところから発覚したのだという。
「まったく気づかなかったのか?」
 栄二の問いかけに高杉は、なんども首をふった。
「これっぽっちも。だって彼女、ものは食べる、酒は飲む、尾籠な話でわるいが、トイレで出すものも出す。溜息もつけば、あくびもくしゃみもするし、触れれば肌は温かいし、泣けば涙も流すんだ。これでどうしてアンドロイドだと思える?」
 人間に人権があるようにアンドロイドにもアンドロイド権――略してアド権が社会に確立したのはいまから5年前のことだった。そのアド権の中に、アンドロイドは自分がアンドロイドだと告白する義務はないというのがある。そこから、今回の高杉のような悲劇がおこった。
 人間社会に進出することを進歩のバロメーターにしているアンドロイドだった。人間と恋人関係になることこそ、最高のステータスとかれらが思うようになったとしても不思議ではない。
 これまではそんなこと考えもしなかった栄二だった。が、高杉の話を聞いてからというもの彼の中に、じわりと、美保に対する疑惑が浮かびあがった。
「なに考えてるの?」
 いつまでも黙りこんでいる彼をみて、美保がといかけた。
「いや、なに。きみがひょっとして、アンドロイドじゃないかとおもってね」
 栄二はわざと冗談めかしていった。
「そうよ、もしかして、アンドロイドかも………」
 彼女のほうはすこし憮然として答えた。
 栄二は美保が好きだった。将来、いっしょになりたかった。しかしそれは彼女があくまで人間としてのことだ。
 アンドロイドをみわけるには、どうしたらいいのだろう。まさか高杉のように、彼女が交通事故にあうのを待つわけにもいかない。外見も、行動も、人間と寸分たがわぬアンドロイドを見分ける方法を書いた本が出たら、ベストセラーまちがいなしだろう。
 栄二が困惑げに腕をくんだとき、店にひとりの客が入ってきた。
 高齢の女性で、まがった腰で、視力もおぼつかなげに、段差のあるフロアをのろのろと歩いている。と、やにわに美保が立ち上がったかとおもうと、その老女のところまで歩みよっていった。
 美保は老女の手をとって、空いた席まで誘導をはじめた。老女を席に座らせると、ウェイトレスを呼んでやった。礼をいう相手をふりきって、テーブルにもどってきた美保にむかって、栄二はいった。
「きみはやっぱり、アンドロイドだな」
 彼の鋭い調子に、美保は表情をこわばらせた。
「どうしてそう思うの?」
「いまきみがした親切は、もはや人間の間ではすたれてしまった行為だ。したがってきみは、アンドロイドだ」
「すたれようとすたれまいと、わたしはお年寄りを大切にしたいわ」
 美保は、彼の目に張りついている猜疑心に気づいて、さっと席を立った。
「あなたとは、これまでよ。さよなら」
「まってくれ、まだ話が―――」
 美保はしかし、そのまま後ろもみずに扉にむかった。
 栄二はいまになって、美保の繊細な感性を傷つけたことを悟って、あわてて彼女のあとをおいかけた。
 彼が駐車場にかけこんだのと、美保の車が発進するのがほとんど同時だった。
 けたたましいブレーキ音と、車体に栄二の体がぶつかる音が重なった。
「まあっ!」
 青ざめて車外に出た美保の目に、肩のあたりがおおきくくぼんだ栄二の姿がとびこんできた。
「あれ、おれ………」
 自分でもわけがわからないといった顔で栄二は、一滴の血も流れていない肩に手をあてた。
「最近は自分がアンドロイドということを忘れてしまうほど、人間にちかづいたアンドロイドが出てきているそうだが、彼もきっとその一人なんだろうな」
 店から出てきた客たちがそんな話をかわすのを、まだ茫然とした面持ちで栄二は耳にしていた。


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このストーリーに関するコメント

12/12/04 W・アーム・スープレックス

都稀さん、コメント、ありがとうございます。
一番のぞんでいた感想をいただき、感激しています。
おなじ創作仲間として、都稀さんの今後の発展を祈っています。

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