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山盛りポテトさん

ショートショートがすきです。 星新一さんの小説が好きです。 社会でもがいています。 わかりやすい王道のショートショートを書きたいと思いつつ・・・脱線してます。

性別 男性
将来の夢 海外旅行!一度でいいから行ってみたかったり。
座右の銘 人見るもよし見ざるもよし我は咲くなり 跪く前に開き直る

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私の話

17/08/07 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 山盛りポテト 閲覧数:454

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久しぶりに祖父の住んでいた田舎へ帰った。
高校、大学、就職と生長するにつれ何かと忙しい生活が続くと小さな頃は頻繁にしていた帰省も次第に少なくなっていき、また私もそれを心のどこかで面倒がるようになっていたのだ。
最後に祖父と会ったのは病室だった。ある日突然具合を悪くして救急車で運ばれ、それ以来入院生活を送っていた。
そして退院を待たず息を引き取った。
私を出迎えてくれた祖母は食事の準備のため台所に立っていた。
夕食の準備をしている音、窓からうつる青々とした山の景色をボーっと眺めていると昔のことを思い出した。
食卓にはずらりと豪勢な料理が並び、「もう食べれないよ」と言っても祖父は無言で皿を前に出し、まだまだ食べろと促してくる。
祖父からも祖母からも昔から大きくなれよと言われたくさん食べさせてくれたことを思い出した。
祖父が生まれたのは戦前、大正の生まれだ。周りを山と海で囲まれたのどかな所で生まれ育った。日本がまだまだ貧しく、満足にお腹いっぱい食べられない時代、今と違い便利な生活ができない時代。男も女も必死に働いて、この土地で生活してきたのだ。
そこで祖母とお見合いをして結婚、そして父が生まれ、そして父が母と結婚、私が生まれた。孫である私は随分と甘やかされて育ったと思っている。恐らく自分のしてきた苦労をさせたくなかったのだろう。
しかし寡黙で物言わぬ祖父だけに言葉を交わすことは多くなかったように思える。基本的に会話は一問一答で、それが途切れると、少し気まずくなったのも思い出した。
祖母と2人だけの食事はとても静かだった。今の仕事のこと、付き合っている男はいるのか、色々と話が飛び出し、浮いた話ひとつない生活を送っていた私はそれはそれで少し気まずかった。
食事が終わると、祖母はアルバムを引っ張り出してきて私に見せてくれた。
ホコリを被ったかなり年季の入ったものだ。
中に入っていた写真はモノクロのものが多く、かなり時代を感じさせるものだった。
写真には、まだ幼かった父を背負っている祖母の写真や、なんとも言えない照れくさそうな表情でうつっている祖父の姿があった。
その写真を見ていると、無口だった祖父の人生に思いを巡らせ涙が出た。
私には何も語らなくても、山あり谷ありの人生だったに違いない。
祖母に背負われている父の姿はどこか間の抜けた表情でとても笑えた。祖母も笑っていた。
「みんなこういう時代があったんだね」と言うと祖母は黙って頷いていた。


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