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木原式部さん

文章を書いたり、占いをしたりしています。 時々、ギターで弾き語りもします。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 人は人、自分は自分、クマはクマ

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私とお父さん

17/08/06 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 木原式部 閲覧数:637

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 私は物心ついた時から、お母さんと二人きりで暮らしていた。
 ゴツゴツしたアスファルトの床と小さなプールと前方左右を囲むお堀、そして後ろの小さな扉の向こうにある寝床。これが私の住んでいる世界の全てだった。
 お堀の向こうではたくさんの人間が私たち母子に微笑みかけてくれる。私は世界には私とお母さんと人間、そして食べ物を横取りしに来るカラスしかいないのだろうと思っていた。
 でもある日、お堀の端から向こう側を覗いて見ると、私とお母さんにそっくりな生き物がいたのでびっくりした。そっくりな生き物は少し離れたお堀の向こうで、私たちが住んでいるのと同じような世界の中に住んでいた。
「お母さん、あれは誰?」
 私が訊くと、お母さんはなぜか困った表情をした。
「あれはね、お父さん。お前はね、あのお父さんの子供でもあるの」
「お父さん?」
 私はびっくりした。自分に「父親」がいるなんて考えたこともなかった。「でも、どうしてお父さんは一人でいるの? 私たちと一緒には住まないの?」
 私が言うと、お母さんはますます困った表情をして黙ってしまった。私はどうしてお母さんが黙ってしまったのかわからなかったが、すぐに理由を知ることになった。

 その日、飼育員さんはお堀の外から私たち母子の説明をしていた。
「よく、『ホッキョクグマはどうして家族一緒に暮らさないのか?』というご質問を受けますが、ホッキョクグマの子供と父親のオスが一緒にいると、父親が子供を殺して食べてしまう可能性があるので……」
 私は思わずお母さんを見た。お母さんが今度は悲しそうな表情をした。
「ごめんね、お前がもう少し大人になったら話そうと思っていたんだけど……」
「ううん、気にしないで。だから、私、お父さんと一緒に暮らせないのね」
「そうなんだよ。お父さん、お前のこと食べてしまうかもしれないんだよ」
 私はそれ以来、お母さんの前でお父さんの話をすることをやめた。でも、やっぱりお父さんのことが気になってしまう。私はお母さんがお昼寝している時などにお堀の端に行ってはお父さんのことを見ていた。

 今日も私はお母さんがお昼寝すると、お堀の端へ行ってお父さんの姿を目で追った。私たちの今日のおやつはリンゴだったけど、お父さんも同じリンゴだったらしい。私はリンゴを食べながらお父さんを見ていた。
 私がお父さんを見ていても、お父さんは気付いているのか気付いていないのか私の方を見向きもしない。一人でのんびりプールに入ったり、床に寝そべったり、飼育員さんからもらったボールで遊んだりしている。
 私はお父さんのことを「お父さん」だと知っているけど、お父さんは私のことを「子供」だとは知らないんだろうと思った。私だって、お母さんが教えてくれなければ、あそこにいるのが「お父さん」だなんて全然思わない。お父さんは一人で暮らしているみたいだし、誰も子供の存在なんて教えてくれないんだ。そして、もし一緒に暮らしたら、お父さんは私のことを殺して食べようとするんだろう……。
 私は悲しくなってきた。お母さんがどうしてお父さんと一緒に暮らさない理由を話せなかったのか、わかった気がした。
 私がいろいろと考えながらお父さんを見ているのに夢中になっていると、すかさず横からカラスがやって来て、リンゴをかすめ取ってしまった。
「あっ! 私のリンゴ!」
 私はカラスからリンゴを奪い返そうとしたが、カラスはリンゴをくわえたまま知らん顔している。カラスは私たちのことを飼い熊だと軽く見ていて、ご飯を横取りしたり勝手にプールに入ったり、やりたい放題なのだ。
 お父さんの方を見ると、お父さんもリンゴをカラスに取られてしまっているところだった。お父さんも私と同じようにカラスに困っているんだろうか?
 すると、お父さんはさっきまで遊んでいたボールを口に加えると、リンゴを奪ったカラスに向かって思いっきり投げ飛ばした。カラスは驚いてくわえていたリンゴを落とすと、そのままどこかへ飛んでいってしまった。
(ああ、私もやってみよう!)
 私はボールを口に加えると、リンゴを奪ったカラスに思いっきり投げつけた。カラスは驚いてリンゴを残したままどこかへいってしまった。
「良かった、私のリンゴ……」
 私はカラスがおいていったリンゴにかじりつきながら、ふと、お父さんは私に「カラスを撃退する方法」を教えてくれたのではないかと思った。
 私はお父さんの方を見た。リンゴを食べ終わったお父さんはプールの横でお昼寝をしようとしているところだった。やっぱり、私の方には見向きもしない。それでも私はお父さんに向かって、心の中で「ありがとう」と呟いた。


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