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霜月秋介さん

しもつきしゅうすけです。 日々の暮らしの中からモノガタリを見つけ出し、テーマに沿って書いていきます。

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たびたびすみませぇん、たびのものですが…

17/08/01 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 霜月秋介 閲覧数:519

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 S市にある富便町の列車の本数は三時間に一本ほど。路線バスは午前と午後の二回だけ来る。僕はそんな交通の便が悪いこの町の観光案内所に勤めて三年になるが、いつも思う。海と山の美しさだけが売りのこの町に、観光客達はわざわざお金を払ってまで何を求めて訪れるのだろう。自然が豊かな町なんて、この町以外にも沢山ありそうなものなのに…。僕はお金が勿体無いので、自分で旅行なんて行こうとは思わない。

 ある日、いつものように案内所のカウンターに立っていると、大きなリュックを背負ってフードを被った中年くらいの男性が、僕に声をかけてきた。
「すみませぇん、たびのものなんですが…足袋を買っていただけませんか…?」
「…は?」
「実はわたくし、足袋の製造を営んでる者でして、足袋を売って日本全国をまわっているんです。わたくしが作った足袋を、全国の皆さんに履いて欲しいのです。ですので、是非ともこちらの観光協会さんにも置いていただけませんか?」
「それは上の者に相談してみないと何とも…。ちなみに一足おいくらで…?」
「九千九百円で…」
 高い!そんなもの観光協会で売ったって売れるわけがない。ただでさえ観光客がこの町に落としてくれるお金が少ないというのに、こんな売れなそうな、しかもこの町でつくったわけでもない足袋を買い取るわけにはいかない。僕はすぐにその話をその場で断った。その足袋の男性は残念そうな顔をしてその場を去った。

 その翌日。
「たびたびすみませぇん。たびのものなんですが…足袋のパンフレットを置いていただけませんか?」
 またその男が現れた。そんな、この町に何の関係もないパンフレットを置いても、なんの特にもならないだろう。僕はまた、断った。そしてまた足袋の男は、残念そうな顔で帰っていった。

 そのまた翌日。
「たびたびすみませぇん。たびのものなんですが…足袋のストラップを置いていただけませんか?ひとつ二千円です」
 このじじいまだこの町にいやがったのか!本当にたびたびうるさいな、そんなもの誰も買わないだろうと僕は思った。またしても僕は断った。そして足袋の男はまたしても残念そうな顔をしてその場を去った。
それから数日間、足袋の男はしつこく現れた。
「たびたびすみませぇん、たびのものですが、足袋のポスター張らせていただけませんか…」
「たびたびすみませぇん、たびのものですが、私が唄う足袋の唄のCDをこちらで販売させて…」
 足袋の男は現れるたびにしつこく足袋もしくは足袋関連のグッズを推してきた。僕はそのたびにそれを断り、何日かしてようやく、その男は姿を現さなくなった。

 それから数ヶ月経ったある日、僕は新聞で、その男の記事を見つけた。なんとあの男は、足袋の業界では凄く有名な、田美乃藻野シゲルという足袋職人だったのだ。彼がつくる足袋は素材もデザインも素晴らしく、一足二万円はくだらないとされる高級な品らしい。彼の足袋を手に入れられるのは、彼が足袋を売りに訪れた観光案内所、もしくは旅をしている彼自身から直接購入するしかない。彼から直接買うと、特別に九千九百円で手に入れることができるという。僕は自分の愚かさを悔やんだ。自分だけで判断せずに、上の人間に話を持っていくべきだった。


 観光案内所に勤めて三年間、僕はいろんな観光客と顔を合わせてきた。そのほとんどは、この地にしかない何かを求めてこの地へ足を運んだ者ばかりだった。いままで見たことが無いこと、体験したことがないことを求め、自身の成長を楽しむ。しかしあの田美乃藻野シゲルは、その地には無いものをその地に与える為に旅をしていた。自分の知っている世界を、世の人間に知らせるために。自分の世界を広げるために。そして人から得たお金で旅費を稼いでいるのだ。お金が無いから旅なんて出来ないなどと考えていた僕は、なんだか自分が恥ずかしくなった。

 それから数週間後。僕は、観光案内所を辞め、地元を離れることを決意した。知りたくなったのだ。自分に何が出来るのか、自分は何がしたいのかを。僕は歩き始めた。広げたくなったのだ。狭まっていた、自分の世界を。


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