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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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バナナを食べる熊

17/07/31 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:571

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 とある日曜日。秋の空は気持ちよく晴れ、秋の雲も気持ちよく整列していた。溜まっていた洗濯物をベランダに干し終えた時だった。網戸越しにドアチャイムが鳴るのが聞こえた。
 部屋へ戻り、キッチン横の壁に付けられたモニターの通話ボタンを押す。
「はい」
「おはよう。ビビアン。ちょっと近くまで来たから寄ってみたんだけど」
 モニターの小さな画面に映っていたのは、ニューヨークヤンキースの帽子を被っているというか頭にちょこんと載せている茶色熊だった。私は知っている。熊にしか見えないその生き物が、実は兄だって事を。私を本名ではなく、ビビアンと呼ぶのはこの世の中でたった一人、兄だけなのだ。
 八百屋を営んでいた両親はいつも忙しく、私はみっつ年上の兄と、ご飯を食べるのも風呂に入るのも寝るのもいつも一緒だった。兄は優しい人だった。小学校が休みの土日は、好きな野球をやりたかったはずなのに、家で私と人形遊びをしてくれた。人形といっても、おもちゃ屋さんで売っているようなちゃんとした人形は持っていなかった。母は浪費を最も憎むべき行為だと決めていて、もちろん人形は贅沢品であり、買ってはもらえなかった。お八つは、廃棄寸前の黒い斑点まみれのバナナで、高校生になるまでチョコレートを食べたことがなかったし、初めてそれを食べた時、あまりにも甘ったるく歯にまとわりつくのが我慢出来ず、すぐに歯磨きをした。おかげで私は虫歯は今でも一本もない。歯磨き粉メーカーに就職出来たのも、面接でその事をアピールしたからだと思っている。
 人形遊びに使う人形はバナナ人形だった。バナナを包装してあるビニールに貼ってあったシールを十枚集めて送ると、誰でもその人形がもらえるという、バナナの輸入会社のキャンペーンがあったのだ。バナナの形を模したその人形は南の国の住民のような椰子の葉で出来たスカートをはいていた。人形にはそれぞれ名前が記されていた。私のお気に入りはビビアンだった。兄は日によって色々で、ジェニーの時もあればサラの時もある。たまにジョンという明らかに男の名前の人形もあった。どうやら南の国では男女問わずスカートをはいているらしいと思ったが、後日あれは日本でいうスカートではなく、民族衣装だと知った。私達は十数体のバナナ人形を所有していて、母に見つからないように押入れに隠していた。私達にとってバナナ人形は友達であり、もしかすれば分身でもあったのだが、母がそうは思わないだろう事は子ども心に感じていたからだ。
「元気そうだね」
 兄はお土産だといって、一匹丸ごとの鮭をスーツケースから取り出した。真空パックされているから全然臭わない。兄が今住んでいるアラスカで獲れる鮭は、ここ北海道の鮭より脂がのっていて美味いのだそうだ。切り分けて冷凍しておけば、半年くらいは魚を買わなくてもいいだろう。
「うん、おかげ様で。来年には会社を定年になるわ」虫歯がないことだけが取り柄の女を好きになってくれる男は現れなかったし、私も兄より好きな人は出来なかった。
「定年になったら、どうするの?」
「どうしようかな」
「アラスカに遊びに来る? さ来年あたり、海底トンネルが開通する頃じゃないかな。便利になるよ」
「そんな話、初耳だわ」
「オフレコさ。ベーリング海峡の下に海底トンネルを掘ってることは」
「開通したら行ってみようかな。飛行機は怖いから乗ったことないけど、陸続きなら電車でしょう」
「結構長距離だから寝台車だろうけど」
 兄は五年に一回故郷のここへ帰ってくる。もう両親も八百屋だった家もないけれど、パスポートの申請のために。(有効期限は五年なのだそうだ)
「ねえ、今夜は泊まっていけるんでしょう」
「うん。いい?」
「もちろん。大歓迎よ」
 その夜は近所のスーパーで半額で買った黒い染みの浮き出たバナナを二人で食べた。浪費を憎む代わりに、私は節約を愛している。それは同じ事のようでいて、厳密にいえば違う事なのだ。
「わお、この熟れ切ったバナナが食べたかったんだよ。何しろ極寒の地ではバナナは育たないからね」
 大きな房のバナナのほとんどが、あっという間に兄の胃袋へ収まった。
 兄にとってこの旅は、人間であった事を思い出す旅でもあるのかもしれない。
「ところでいつも思うんだけど、兄さん、大丈夫なの? 空港で『熊は飛行機に乗れません』って断られたりしないの?」
「大丈夫さ。もちろんパスポートの写真を見て『ずいぶん毛深い人だなあ』って思われるかもしれなけど、熊よばわりされた事は一度もないよ」
「ごめんなさい。余計な事をいったわね」
 兄が熊になったのは、いつだっただろう。若い頃から旅が好きだった兄が、帰ってくるたび毛深くなっていたのは覚えている。
 それとも他人には熊とは見えていなくて、単に毛深くて大きな人と見えているのだろうか。


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