- トップページ
- さっさと戻れ
宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。
性別 | 女性 |
---|---|
将来の夢 | 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。 |
座右の銘 | 臨機応変 |
投稿済みの作品
コメント・評価を投稿する
コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。
このストーリーに関するコメント
17/08/07 イト=サム・キニー
拝読しました。
真っ白な世界。次々に彩る過去の景色。それを辿ることができたのは、主人公である『俺』の内奥にしっかり刻まれた軌跡であったからだと思えました。もしかすると黒猫も、姿を変えた主人公自身であり、自問自答のなかで案内役というかたちの自分を手に入れたのかもしれません。主人公のこれからの旅路は、黒猫の不吉さも気にさせないような色彩に富んだものになるだろうと思える結末にほっとしました。
17/08/08 宮下 倖
【トッテンさま】
ありがちなストーリー運びなのですがどうしても書きたかった作品なので、深く読み解いてくださったことに感謝いたします。
「旅」は出発があり終着がある。つまづいても、きっと再出発ができる。じぶんに言い聞かせるように書いた面もあります。
トッテンさまのコメント、とても励みになりました。ありがとうございました!
新着作品
ピックアップ作品
光と衝撃と闇を一気に感じたあと、恐ろしいほどの静寂がやってきた。
おそるおそる目をひらくと、俺のまわりは真っ白な世界だった。
あ、死んだなと思う。
今までずいぶん無茶と好き勝手をしてきた。十代で死ぬとは思わなかったが、これも寿命かと妙な諦めがある。よく憶えていないが事故に遭ったのだろうか。
まあ死んでしまったものは仕方ない。ずいぶん殺風景だがここが地獄か?(俺が天国に行けるわけがない)
ああ、これが死出の旅ってやつか。ここから地獄に向かうのか。けれど、だだっ広くて真っ白で……
「どうすりゃいいんだよこれ」
「とりあえずまっすぐ」
完全に独り言だと思った呟きに返事があった。さすがに「うおっ」と声が出てのけ反る。声の主はいつの間にか足元に座っていた猫だった。
「うっわ黒猫かよ。やっぱ不吉〜」
「なんだ、猫は嫌か? 黒いものになら何でも変われるぞ。ツバメにするか? カブトムシか?」
「いや、猫でいいっす」
黒なんてどのみち不吉なもんだし、ここが死後の世界だと思えば猫が喋ろうが踊ろうが驚かない。
「そろそろ導きがくる。それに沿ってまっすぐだ」
導き? と訊き返そうとしたとき、真っ白だった中空に映像が次々に浮かび上がった。思わず「あ」と声が出る。
若い頃の親父とおふくろ。古いアルバムの中にこんな写真があった気がする。腕に抱かれている赤ん坊は俺か。
数えきれないほどの映像は長く伸びて、白い世界は急に賑やかになった。
これが走馬灯ってやつか? 今までの人生を映画のように観るとかいうやつか。やっぱり死んだんだな、俺。
「ほれ行くぞ、まっすぐだ」
黒猫が先導する。ついていくと、映像は幼稚園のころ、小学生時代とゆっくり進んでいく。
両親も俺も笑顔だ。笑顔ばっかりだ。
親父との下手くそなキャッチボール、おふくろが張り切りすぎた遠足の弁当、共働きの両親が無理して来てくれた授業参観。遊園地や動物園なんかにはめったに行けなかったけど、毎日楽しかった。
けれど、俺たちの笑顔は中学時代で途切れる。ぜんぶ俺のせいだ。
いじめを受けての不登校、引きこもり。
ようやく外に出られたときに知り合ったのが悪い仲間で、俺は簡単に感化された。
初めておふくろに手を上げたときの様子をまざまざと見せつけられて、俺は思わず目を逸らした。
こんな顔をしていたのか俺は。こんな顔をしていたのかおふくろは。
親父の憤り、落胆、後悔、涙。俺の知らないところでこんなに苦しんでいたのか。
こんなこと、死んでから知ったってもう遅い。
こういうことを思い知らされながら地獄へ向かうのか。さすがに死出の旅は一筋縄じゃいかない。
だんだん顔を上げられなくなった。足取りが重くなる。死ぬ前に親孝行らしいことしておけばよかったなあ。
「なかなかやんちゃだのう」
「……うるさい」
「後悔は先に立たんのう」
「……」
「止まれ」
俯いて歩いていたので黒猫が止まったことに気づかなかった。顔を上げると目の前に川が流れている。
もしかしてこれが三途の川? これを渡ればあの世ってことか。
「なんだ、これを見ても思い出せんのか」
「え?」
「後悔してもやり直すことはできる。人生を旅に例えるなら、おまえはまだ旅の途中だ。さっさと戻れ」
黒猫が跳び上がって俺に体当たりしてきた。猫とは思えないほど恐ろしく強い力によろけた俺は頭から川に突っこんだ。
光と衝撃と闇を一気に感じたあと、恐ろしいほどの静寂がやってきた。
おそるおそる目をひらくと、俺のまわりには……
「健ちゃん! よかった! 気がついた!」
泣き崩れるおふくろ、バタバタと動き回る白衣を着た人たち。
ベッドに寝かされた俺を真っ赤な目をした親父が覗き込んできた。
「健一、おまえ偉かったなあ、川で溺れた子ども助けたんだぞ。偉かったなあ」
滲み出るように記憶が戻ってくる。
そうだ、思い出した。目の前で子どもが川に落ちたんだ。何かを考える前に体が動いて俺は……。
「助けたんだぞ」ってことはあの子無事だったのか。よかったな。
素直にそんなことを思えた自分が不思議だった。
俺は何か変われたんだろうか。あの奇妙な黒猫との短い旅で。
ふっと視線を感じた気がして俺は窓のほうを見た。
ツバメが一羽、木の枝にとまっている。
「あっ」と息を止めたとき、ツバメは小さな羽を広げてさっと飛び立ってしまった。
一瞬目が合った……ように思ったが、気のせいだったかもしれない。