1. トップページ
  2. エンカウンター

夏野夕暮さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

エンカウンター

17/07/31 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 夏野夕暮 閲覧数:748

この作品を評価する

 『勇者』。
 それは剣術と魔術を極めし救世主とされている。
 太平の世が長く続き、この言葉も形骸化していた。だが悪しき力で世界を掌握せんとする『魔王』が現れ、その手先である魔獣が各地で跋扈するようになった。
 世界は危機に貧し、人々は勇者の到来を待ち望んだ。

 私の旅の相棒、ヴァン。若き天才と名高く、彼の剣術と魔術の冴えには並ぶ者が居ない。正式に勇者と認められるのは時間の問題だろう。
 しかし、その表情には労苦が色濃く染み着いていた。私よりも歳若い青年だというのに、目は落ち窪んで顔には深い皺が刻まれている。彼を見た後では、そこいらの物乞いが爵位持ちの貴族に思えるほどだ。
 私は魔獣に食い殺されるところをヴァンに救われ、その縁で彼と同行するようになった。
 とはいえ、ヴァンは慈悲に溢れた高潔漢とは程遠い。私を助けたのもただの偶然だ。彼は不必要な会話を好まず、愛嬌の欠片も無く、ただただ「この世界全てが不快だ」とでも言いたげな顔で辺りを睥睨するのが常だった。
 これが『勇者』の再来とまで呼ばれた男なのか、未だに信じがたい。そもそも、ヴァンは魔王を討つことにさえ興味が無いのだ。ヴァンが何よりも優先していたのが、遺跡の調査だった。魔獣の討伐など、彼にとって「ついで」に過ぎない。
 遺跡には、失われた古代魔術の痕跡があるらしい。魔術に疎い私にはさっぱり分からないのだが。
 それでも、一つだけ知っていることがある。
 遺跡の調査をしている時だけは、ヴァンの澱んだ瞳に生気が宿ることを。

 いつだったか、彼に旅の目的を聞いたことがあった。答えは一言。
 「故郷へ帰るためだ」と。



 こうして彼と共に旅を続け、数多の遺跡の調査を終えた。
 夜、ヴァンは珍しく酒を煽り、ぽつりとこう言った。
「俺は次へ行く」
 翌日、ヴァンは神聖教会に赴き、台座に刺さったまま百年以上も安置されていた「勇者のみが手に出来る聖剣」をいともたやすく引き抜いた。そしてその足で魔王の根城へと向かったのだ。
 迷いなく進撃するヴァンの後に残ったのは、魔獣どもの死屍累々の山。時にその姿が哀れにすら思えるほどだった。
 ヴァンの力量はよくよく知っていたつもりだったが、あまりの強さに疑問が湧いた。ヴァンはいつでも魔王討伐を完遂することが出来たのに、何故それをしなかったのか? そして何故このタイミングで魔王を討つことを決めたのか?
 疑問は晴れぬまま、遂に魔王の元へとたどり着いたヴァン。魔王が怯む間も与えず、その喉元に聖剣を突き刺した。魔王の姿が霧散し、戦いは終わりを告げた。
 驚いたことに、ヴァンは滂沱の涙を流していた。冷徹な彼も、怨敵を討ち果たせて感極まったのか?
 私は彼を慮って言った。
「ヴァン、泣くよりも笑いなよ。君はこれから、魔王を討った『勇者』として凱旋するんだ」
「違うんだ、そうじゃない。俺はまた、故郷へ帰る手段を見つけられなかったんだ」
「ああ、悪かった……。ヴァンの故郷探し、私でよければこれからも手伝わせてくれないか?」
 私がヴァンに手を差し伸べたが、その身体は透き通っていた。まるで先程倒した魔王のように霧散しかけている。
「すまない、ここまでだ。俺の旅は今回も終わらなかった。探せども探せども、手がかり一つ見つけられない。俺は、これからまた別の異世界に召喚されて、勇者と讃えられて、魔王を倒す。ずっとずっと、その繰り返しなんだ。新作のテレビゲームをあれこれハシゴするようにな。勇者なんて役割は、もううんざりなのに。俺はただ、日本へ帰りたいだけなのに……」
 その言葉を最後に、ヴァンの姿が消滅した。床に、落涙の跡だけを残して。
 ヴァンの言った「別の異世界」、「テレビゲーム」という言葉の意味は分からなかった。ただ、彼の旅はこれからも続くのであろうということだけは分かった。
 ヴァンが携えていた聖剣を手に取った。柄の部分にはヴァンの名前が刻まれている。彼は嫌がったが、教会の司教が半ば強引に彫り込んだのだ。
 『番』。
 これは漢字と言って、彼の故郷で使われている文字だそうだ。
 ヴァンは、果たして故郷へ帰ることが出来るのだろうか。
 魔術も使えぬ私には、ただ祈ることしか出来なかった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン