田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

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旅人

17/07/30 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:4件 田中あらら 閲覧数:890

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 彼は詩人であり、思想家であり、旅人だった。招かれればどこへでも行き、詩を朗読し、彼を招いた熱き思いの人々と語り明かした。出された食事や酒は、ささやかであろうと豪華であろうと、なんでも感謝して食べた。持ち物は少なく、ずた袋に入っているものは着替え1組、手帳、数冊の本が全てであり、定住地はなかった。タゴールの「我家のないものは、全世界を住処とすることができる。友無き者には他人はいない」の詩文に感銘を受け、そのように生きようと決めたのは30代半ばだった。
 以来、詩を書き、朗読し、彼に傾倒する編集者がそれらを本にまとめ、詩集が数冊発行された。それらは、ビートニック、ヒッピー全盛の頃、一人一人が変われば世の中が変わると信じられた、単純ながらも優しく、若い力に満ちたコミュニティから指示され、彼にとっても全盛期となった。それが私の知る、詩人であり、思想家であり、旅人であり、一部のコミュニティで有名人となり、人気者となった彼だったが、当時は1度も会ったことがなかった。

 あれから数十年経ち、突然彼は現れた。ずた袋1つの老人だった。すでに世の中は物質で満たされ、多様な価値が溢れ、高齢社会の中で80歳となった彼の存在を価値あるものとして敬うものはいなかった。かつての純真さからくる優しさに共感する時代は過去のものとなり、彼自身は好意的に見てもただの老人であり、正直に言えば乞食に近かった。わずかな昔馴染みが、彼に宿を提供し食べるものを与えていたが、一箇所に居られる期間は長くはなかった。そうやって渡り歩いていた彼が、突然近所の友人宅の離れに住み着いたのだ。友人は知人に頼まれて彼を引き受けた。食事は自分でなんとかすることが条件だった。田舎なので買い物は不便だが、米や野菜は友人が作っているものを提供した。

 私は友人宅によく出入りしていたので、自然に彼と話をするようになった。私は時々おかずを余分に作って持って行った。そして彼の話を聞いた。
 彼は老いていたが、目は子供のように輝いていた。昔話が多かったが、大抵美化され退屈な内容だった。そのうち、行く先々で昔話をせがまれていることがわかった。昔話をするのは、お礼のつもりだったのかもしれない。私は現在の彼の心境を聞きたかった。私が過去の話を喜ばないことを知り、ようやく対話が始まった。ものを所有することについて、旅について、思想からの自由について、幸せについて、少しずつ彼に質問した。彼は詩で答えた。実際のところ、彼は理論家ではなかった。詩が彼の思想そのものであり行動そのものだった。

「もし誰も耳を貸さなければ、一人ゆけ一人ゆけ」またしてもタゴールからの引用だった。彼はそうやって一人生きてきたのだ。彼は楽天家だった。旅については「あちこちで呼ばれたから行った」と目を輝かせた。「旅の終わりはどうなる」と聞くと「死ぬのさ。そしてそれが次の旅の始まりだ」と答えた。「荷物が少なくて身軽でいいけど、不自由はないか」と聞くと「人は生まれる時も死ぬ時も体ひとつ。これでも多すぎる」と答えた。「何を信条として、そのような人生を歩んだのか」と聞くと、「信条なんてない。そう決めたからだ」と答えた。
 半ば彼はただのカッコつけなんじゃないかと思えてきた時、彼は言った。「人に対してじゃない。自分に対して、1つの実験をしたのだ」「人生をどう生きるか、自分で決めてもいい。だったら、家族も家も持たない人生を歩んで見ようと思ったのさ。旅人のように」
 私はその言葉にひるんだ。彼は情に流されるタイプの詩人ではなかった。理論を超えた、究極の観察者だった。自分の人生を観察していたのだ。
 私は「で、人生終盤を迎え、どうでした」と聞いた。
「なかなか乙なものだったよ」と彼は笑った。「若い頃は畳の上では死なん!と息巻いていたものだよ。でもこの歳になると、そんなことはどうでも良くなる。どこでどういう死に方をしたっていい。こだわるほどのことじゃないんだ」

 彼は畳の上で死んだらしい。友人宅を出て、どこかに旅立ったことは知っていたが、その後の消息=死んだことは、数年後に聞いた。看取った人が言うには「楽しかった」と言い残したらしい。どこまでもカッコつけた爺さんだった。きっと今頃、次の旅の準備をしていることだろう。


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このストーリーに関するコメント

17/08/10 雪野 降太

拝読しました。
『80歳となった彼の存在を価値あるものとして敬うものはいなかった』、『彼自身は好意的に見てもただの老人であり、正直に言えば乞食に近かった』、『昔話が多かったが、大抵美化され退屈な内容だった』、『半ば彼はただのカッコつけなんじゃないかと思えてきた』。主人公・私のどこか冷めて率直な物言いが魅力的でした。「放浪する詩人」たる己の観察者たろうとした『彼』もまた、タゴールの詩をきっかけとして、今の道を歩むにいたった何らかの出来事があったのでしょう。

17/08/11 田中あらら

トッテン様
拙文を、読んでいただき嬉しいです。
このストーリーは少しだけ接点のあった、実在の旅人をヒントにして書きました。とはいえ、フィクションです。あの人はどうしてこういう人生を選んだんだろうと、いろいろ想像しましたが、タゴールの詩をきっかけにしてみました。しかし、どんな出来事があったのかまでは掘り下げませんでした。一体何があったのやら。
コメントをありがとうございました。

17/08/13 木野 道々草

「旅」のテーマでは、ぜひ旅人の物語が読みたかったので、本作品をとても楽しく拝読しました。

もし実際に旅人と対話する機会があったら、その人が見て回った土地の話だけではなく、人生という旅についてもたずねてみたいです。作中では「彼」に今の心境を聞く展開があって、わくわくしました。読後は、旅人と話をしてみたいという願いが、少し叶った気持ちになりました。

17/08/13 田中あらら

木野 道々草様
こんにちは。
若い世代は、好奇心や冒険心から旅をするという人はたくさんいるのですが、生涯旅人で過ごすことは全く別の意味があるのだろうなあと考えました。
見た目はヨボヨボでも、どこか光るところが書ければ良いと思ったのですが、やはり最後までヨボヨボでした。
コメント嬉しかったです。ありがとうございました。

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