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榊真一さん

閃くがままに書ければ良いと思っています。

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旅の始まり

17/07/28 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 榊真一 閲覧数:698

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普段から使っているスマートフォン。
私は今まで付いていたSIMカードを抜き取りもう一枚のSIMカードを差し込んだ。
メールを確認した私は迷いもなくアウトストラーダを北西の方角へと進む。
「ありがとうございました、さようなら」
有料道路は如何にもといった機械的音声で私を一般道へと送り出す。
ミラノマルペンサ空港から一時間程のドライブはこの「コモ」が目的地であった。
保養地で有名な湖の街、この街はイタリアとスイスの国境近辺に有る。
山の豊かな緑、そして赤い瓦の家やレストラン、でもその壁面だけは淡いイエローや淡いブルーで個性を出す
湖畔にあるホテルに車を停めると、湖が一望できるテラスには様々な国の人たち。
この椅子に座る人たちには「旅行」と言う言葉は似合わない。
あくまでも自分の余暇をこの湖に託したのだろう。
「余暇」と言う言葉がぴったりの人々たちだ。
湖を穏やかに散歩する遊覧船は退屈なのか時折「ボー」と言うような汽笛を鳴らしている。
この穏やかな空気に流されればどれほど楽だろうか。
しかしそれを断ち切るかのように私はエスプレッソドッピョを立ったまま飲み干した。
「ヒロっ此処は観光地じゃ無くて保養地なの、デッキに空席があるからちょっと落ち着きなさいよ」
長い黒髪に薄いブルーの瞳、体のラインを見せつけるような黒いスーツは残念ながらパンツスーツである。
彼女の名前は「ステッラ」と言い服飾関連のブローカーである。
私はステッラの事を「信頼できるパートナー」だと思っている。
イタリアからの輸入服飾を扱う私の仕事は彼女に支えられている面も多い。

しかし彼女は私との契約を終わりにしようと言って来たのだ。
それもこのホテルの跡取りと結婚するからと言う理由で。
促されて座ったが私には訴えるような言葉しか出てこない。
「ステッラ、俺はお前の事を最高のパートナーだと思っているこれからもそうありたい」
しかし彼女の眼はホテルの入り口と思われる場所を見つめている。
普段とは違う暗めのリップからは独り言のような言葉を放った
「この国に昔から続く家系は色々大変なのよ、お家の為に結婚するなんて習慣が今でもあるのだから」
戦国時代の話かよ、と言いたかったがこの国では代々続く家系は絶対的な力を放つ。
ステッラの家はミラノ中心部にある高級紳士服専門店。
そのコネクションにも多大なお世話になったのは言うまでも無い。
彼女の旦那となる人はどうやらこのホテルのオーナーらしい。
でも
私は彼女の横顔を眺めながら拳に力を込めた。
「結婚してもこの仕事は続けられる手段は有るだろう、ステッラを失うのは嫌だよ」

パチパチと怠そうに叩く手の音は隣のテーブルから聞こえてくる。
私はその人物を見て思わず声を上げた。
「ペペじゃあないか、久しぶりだな!」
真っ赤なジャケットに黄色いシャツ、パンツは光沢のあるブルーと言った派手な出で立ちの男性。
相も変わらず長い髪を後ろで束ね、口髭と顎髭ともみあげは丁寧に細く手入れされている。
彼にはジュゼッペ スフォルツァと言う本名が有るが私は愛称で呼ぶ。
ステッラの前にパートナーとしていた男だった。
彼も家の都合で私とのパートナーを解消した人物だ。
彼は何も乗っていないテーブルから立ち上がり左手を出してきた。
「ヒロっ、相変わらず元気そうだな!」
ステッラは私達の方を見ようとはせずに湖に向かって話し始めた。
「私がヒロと会う時って何時もスカート履いていたよね、それに」
確かに、彼女は何時も綺麗な脚線を見せびらかすような服だった。
ぺぺはステッラの言葉を聞いた後で私を抱きしめていた腕を緩める。
「ヒロこの際だから言っておくぞ、ここは日本みたいに安全な国では無い、
スカートなんて好きな男の人とのデート位にしか履かない特別な物だ」
だとするならばステッラは私に仕事上のパートナー以上の物を求めていたのか。
それに気付くのが遅すぎた私はそのまま椅子に項垂れるように座った。
―私は列車に間に合わなかった旅人かな―
ステッラ、最後にこんな粋な挨拶をしてくるなんてお前らしいよ。

いや座っていた私の膝に乗ってキスしてくるのはペペじゃあないか
ペペの男色癖は良く知っていた、過去には危ない目に何度も遭遇した。
だからこそ仕事上のパートナーの私生活は詮索しない私なりのルールが有ったのだ。
腕の力を込めて彼から離れようとした私は、ペペの首に巻きついた黒い腕を見た。
「ホテル・デッラ・スフォルツァのジュゼッペオーナー。旦那様には調教が必要です」
安堵の息を吐いた私に微笑みかける彼女。
「ヒロは私を失いたくないのね、だったら私のお願いも聞けるよね」
仕事と引き換えにしてでも彼女の願いなら叶えてやりたい。
私は彼女の瞳にサンマリノ共和国やベネチアの冬を思い浮かべるのであった。


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