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緑の葉っぱさん

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電話口にて

17/07/26 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 緑の葉っぱ 閲覧数:583

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 電話口にて、僕は母親にさらっと言った。
「父さん、来月結婚するんだって」
「あらそう」
 僕の覚悟は何だったのだろうか、これまでの思考の全てが一瞬で無に帰った。少しでも、母親が感情を露わにするのではないかと思っていた。僕の両親は、僕に物心がついたばかりの頃に離婚し、母親に引き取られて24歳まで育てられた。兄弟4人を一人で育ててきたことには頭が上がらない。裕福ではないながらも、僕は大学院に通わせてもらっているし、弟や妹たちも満足に自由にやらせてもらっている。母親には感謝が尽きない。
 家族は宮城に、父親は東京にいるが、僕は大学入学のために上京し、それがきっかけで父親と半年に数回の頻度で会うようになった。ごく最近、僕は父親から急に飲みに誘われた。内容は簡単だった。29歳の女性と再婚する。それだけだった。
 僕は母親の返答に困惑しながらも、会話を続けた。
「相手は29歳だって」
「それは苦労しそう」
「かなり歳の差があるもんね。いつか気が合わなくなるかも」
 それはそうだ。父親は57歳、再婚相手は、父親よりか僕の世代の人間なのだ。
「あんたがよ」
「え、どういうこと?」
「もしお父さんに子供ができたら、あんたどうするの?」
 全てを見抜かれている心持ちになった。ただ事実だけを伝えておいて、大事にはしないつもりでいた。しかし、一瞬で僕のことにまで気が回るのか、母親は。
「確かに、父さんは子供を作る気でいた。でも、父さんは確実に相手が若いうちに死ぬ。多分、子供が20代くらいのときだと思う。それで、稼ぎのない再婚相手は子供までいてどうするか。恐らく頼れるのは僕しかいないと思う」
「そう、それだけは阻止しないとね」
 母親は淡々と言った。
「阻止って…」
「そうだよ、あんた。知らない女のために何かすることないよ」
「それは薄情すぎない? 少なくとも20年後には稼ぎもある程度あるだろうし、助けることくらいできると思う。義母さんを助けるなんてオッカアには不快だろうけど」
「やめときなさい」
「まあ、そのときになったら考えるよ」
 そう言い、あとは妹が最近料理を勉強しようとしているだの、弟と喧嘩しただの、他愛のない話をして電話を終えた。
 後になってよくよく父親の件について考えてみても、僕の考えに変化はなかった。父親は、これから5度目の育児をしようとしている。しかし、未だかつて父親は育児から子育てに行動を移した経験がない。僕らは母親に子育てされてきた。僕は、父親が子育てをできるのか不安に思う。そう思うのなら、せめて父親が背負っているであろう不安を僕が解消してもいいのではないだろうか。僕は稼ぐようになれば、身の回りの人間を助けることくらい容易であると考えている。
 僕は、自分のことを夏目漱石著「それから」の主人公「代助」くらいには思考ができる人間だと思っている。特に、客観的に黙々と考えることには長けているだろう。しかし、「代助」くらいに働いていないのは母親の思う通りである。実際に働いていないのではなく、稼ぐようになればという前提が働いていないのである。普段、考えに考えて、自分ほど高尚な思考をしている者はいないのだと、道行く人間を無駄に愚かだと思ってしまうことがある。そのくせ、自分が何か行動しているかと言えば、違う。まだ稼いでいない。結局のところ、「ヒーローになりたがっている園児」と何ら変わらないように母親には僕が見えているのだろう。
 僕はこれからも父親のことについて、ヒーローであり続けるし、母親も母親であり続ける。その時が来るまで、あるいは来ないかもしれないが、同じことを繰り返し考え抜くだろう。そして、同じ議論をする。それは端から見れば、美しくない物語である。しかし、それは母親と僕の関係が、育児ではなく、子育てに移行できているということである。
 あくまで主観であるが、僕がこのようなどうでもよい思考を繰り広げられるようになったのは、他ならぬ母親のおかげである。長期休暇には、母親を温泉にでも誘ってみるか。


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