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micchoさん

「世の中はつまらない小説で溢れている」 「こんな小説なんかより俺の方が数段面白いものが書ける」 小説を書き始めるまではそう思っていました。 まずは全作家の皆さんに土下座して謝りたいです。 あなた方は偉大です。 ふとしたきっかけで小説を書き始めて早半年、 アイデアの乏しさ、ボキャブラリーの貧困さを日々痛感ながら、こうして駄文を量産している次第です。

性別 男性
将来の夢 小説でもプログラムでも、とにかく良いものを生み出したいと思っています。
座右の銘 名誉を愛するものは自分の幸福は他人の中にあると思い、享楽を愛するものは自分の感情の中にあると思うが、ものの分かった人間は自分の行動の中にあると思うのである。

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カタクリの花

17/07/23 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 miccho 閲覧数:808

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 かれこれ一時間は歩いただろうか。幸の顔色も出発前より土気色が増している。
「このあたりで少し休むか」
「頂上までもう一息よ。一気に登ってしまいたいの」
 幸は変なところが強情だ。こうなったら意地でも頂上まで登りきるつもりだろう。
 康男は自分の胸ポケットに手を当てた。僅かな凹凸の感触が返って来た。出発前、主治医の中川から「もし途中で容態が悪化したらこれを」と渡された薬があるのを確かめた。
「あくまでお守りのようなものですがね。何かあったらすぐに旅行は中止してください」
(「お守り」とは、ひょっとしたら俺のためのものかもしれないな)
 康男は再び胸ポケットの感触を確かめた。

 今頃社内は役員会議の真っ最中だろう。役員と言っても、康男が起業した当初からの古株だからという理由で名を連ねている者も少なくない。あいつらだけで大丈夫だろうか。
(一応電話で確認しておくか)
 康男がポケットの携帯電話に手を伸ばしかけると、
「あなた、旅行の間は、仕事のことは忘れるっていう約束でしょう」
 幸が怖い顔で睨んできた。勘の鋭さでは、幸には敵わない。
「ああ、そうだったな」
 康男は伸ばしかけた手を引っ込めた。

「春になったら二人で旅行がしたいわ」
 今から三ヶ月前、入院先のベッドでポツリ、と幸が呟いた。
 やせ細った幸にそんな体力があるとは思えなかったが、普段何かを欲しがることなど無い幸からの突然の申し出を、康男は断ることはできなかった。
「あなたがこうして会いに来てくれるなら、病気になったことにも感謝しなくちゃいけないわね」
「馬鹿なこと言うもんじゃない。早く元気になって、旅行するぞ」
 そう言って握りしめた幸の手は、赤ん坊のように白く細かった。

 冬が明けて、つくしが地面から顔を覗かせるようになっても、幸の容態は相変わらずだった。だが、幸は顔を合わせる度に
「いよいよ今月ね。あなた、ちゃんと予定空けておいてくださいよ」
と言って、少女のように微笑んだ。
「近場で一泊二日なら、何とかこちらも準備ができます。どうか行ってあげて下さい」
 中川医師に相談すると、意外な答えが返って来た。
 彼いわく、幸は康男が見舞いに来ない日も、旅行までの日にちを指折り数えているらしい。
 幸はどちらかと言うと家で料理や裁縫をしている方が好きだったはずだ。今回に限って、なぜこれほど旅行に執着するのだろうか。その疑問が解消されぬまま、今日を迎えた。

 太陽が真上に上った頃、急にあたりの見晴らしが良くなった。どうやらここが頂上らしい。
 そこでは、一面の淡いピンク色が康男たちを出迎えていた。
「カタクリの花よ」
 幸が嬉しそうに見つめるその花には、見覚えがあった。
 今から三十年以上前、二人が付き合いたての頃、貧乏で指輪や洋服なんて買ってやる金もない康男が、幸の誕生日に送った花だった。
「『花言葉は初恋です。この花を君に捧げます』なんて言ってたわね」
 それは何とか幸に喜んでもらおうと、康男が寝ずに考えた口説き文句だった。
「初恋なんてわけないじゃないって思ったけど、嬉しかったわ」
 あの時は幸に好かれたい一心だったのだ。
「あなたはだらしないから会社もすぐクビになって…。でもあなたはサラリーマンなんて器じゃなかったのね。会社を起こしたら毎日忙しく働いて、あっと言う間に会社も大きくなって…」
 一体何の話をしているのだろう。
「あなたは変わった。立派になった。でも、私はずっと寂しかった。昔、『百万ドルの夜景をプレゼントしてやる』なんて言ってくれたけど、本当は私、そんなもの要らなかったのよ。誕生日に花をプレゼントしてくれて、あとはずっとあなたが側にいてくれれば、それでよかったの」
 康男の中で何かが崩れる音がした。
 貧乏だったあの頃。そこから必死に這い上がりたくて、がむしゃらに働いた。その隣に、幸の姿はあっただろうか。そう言えば、幸とあんなに話をするようになったのも、彼女が病気で入院してからではなかろうか。
「私は、ずっと一人ぼっちだった」
 そう言った直後、幸は咳き込んだかと思うと、その場に倒れ込んだ。
 恐れていたことが―。
 康男は幸を横にし、医師から説明された手順通りに薬を飲ませた。
「知ってる?カタクリには、他にも花言葉があるのよ」
 携帯電話で病院の番号を押しながら、康男は思い出した。カタクリの花をプレゼントした時、幸は確かにそう言っていた。その意味は確かー。

***

 それから二年後、康男と幸は、二人で小さな弁当屋を始めた。突然会社を後進に譲った康男を揶揄する者もいたが、康男にはどこ吹く風だった。
 幸は病気前よりも元気で、康男が心配するほど忙しく働いている。
 店の軒先では、カタクリの花が二人の旅路を優しくを見守っていた。


(了)


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