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笹峰霧子さん

毎日一眼レフで写真を撮っています。 只今俳句を勉強しているので毎日更新しています。 https://kei9594wa.exblog.jp/

性別 女性
将来の夢 これまで大きな夢を持つこともなく生きてきましたが、主婦としての任務をすべて終えた今は、余生の行き処を考えつつもぼんやり過ごす毎日です。
座右の銘 心身共に自立して日々を暮らせるように自分に言い聞かせています。

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めくるめく宝のとき

17/07/22 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:4件 笹峰霧子 閲覧数:1223

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 私は二度育児をしたことになる。
 自分の子供二人を育ててからほぼ31年経ったとき初孫が産まれ、ある時突然その赤ん坊を娘と二人三脚で育てることになった。
 産まれた直後に訪問した娘の家には、産院から連れ帰ったばかりの真っ赤な顔をした赤ん坊が眠っていた。そんな小さな赤ん坊を抱っこするのは何十年ぶりだったろう。
 
 その日以来子守りと食事作りは私の役目となった。
 乳母車を押して田んぼの中の細道を子守歌を歌いながら赤ん坊が眠るまで歩いた。

赤ん坊が座れたといって皆が目を見張った。
娘の車にまだ小さい赤ん坊を乗せて遠い牧場まで行き、大自然の中でおむつを替えた。
産後の娘と一緒に赤ん坊を乳母車に乗せて広い公園を散歩した。
楽しい日々だった。

  
 こうした自然に囲まれての子守りの手伝いもわづか半年間で幕を閉じることになったのだ。
 状況が一変して娘と私は赤ん坊を連れて知らない町に移り住むことになったのだ。

 移ってきた町は大都会で今までのように美しい緑の田園はなく、こじゃれたアパートには挨拶をしてくれる人は一人もいなかった。路ですれ違う都会人が挨拶をするはずもなかった。今までの長閑な子守りは打って変わって厳しい現実と向き合う日々となったのである。
 
 
 赤ん坊は都会の片隅のアパートで日に日に成長していった。道行く人が足を止めるほどふくふくと可愛くなった。そのことだけを生きがいに仕事に励む娘の後ろ盾になるのは私しかいなかった。
 田舎で暮らしていた私が都会に出てきて第二の育児が始まったのだ。
 赤ん坊を乳母車に乗せて遠くのスーパーまで買い物に行った。アパートに帰ったとき片手に赤ん坊を抱き、一方の手に買い物袋を提げてアパートの階段を上ったものだ。
 昼の離乳食を食べさせたあと、ねんねこで赤ん坊を負ぶって赤ん坊が眠るまでアパートの周辺を歩いた。赤ん坊がお昼寝している二時間だけが私の休憩時間だったのだ。

 
 昔自分が子育てをしていた時は近所のママ友たちとねんねこで子供を負ぶって連れだって道を歩いたものだ。だが都会での子守りはきつかった。歩くといえばアスファルトの歩道、すれ違う若いママたちはねんねこで子供を負ぶっている者は一人もいなかった。

 とはいえ日々赤ん坊の成長が見れることは幸せだった。もしこの子が嫁ぎ先で暮らしていたら、自分がこのような時間を持つことはなかったろうと、いつも思っていた。
 赤ん坊が一歳になった日、娘と私は赤ん坊の誕生会をした。小さな蝋燭を一本立ててハッピバースデーの歌を歌った。
 
 赤ん坊が二歳になった時、乳母車は押し車に変わった。赤ん坊は幼児となり、ばあばとお話しができるほどに成長した。 保育園に入園し少し遠い山の上の園で昼過ぎまでみてもらい、車での送り迎えは私の役目だった。助手席のチャイルドシートにゆったりと乗っている孫と声を揃えて歌を歌い、お話しもいっぱいした。

「ばあばは何色が好き?」と孫はよく聞いてきた。
私は「青と白が好きだよ」と答えた。

 いつものように孫を乗せてドライブしていたときのこと。
「ばあば、お空にばあばが好きな青と白があるね」と孫が言った。
見上げると青い空に真っ白い入道雲が浮かんでいた。

 保育園から帰る車の中で孫は言った。
「ちーちゃんおおきくなったら車を運転してママとばあばを乗せてあげる」孫はいつもそういっていた。

 田んぼの稲が実って色々な恰好をしたカカシが何本か立っているのを見て、私がヤマダのカカシの歌を歌い始めると、孫も大きな声で歌った。
「ヤマダの中の一本足のカカシ、天気の良い日に蓑笠つけて、朝から晩までただ立ち通し、歩けないのかヤマダのカカシ」
その声は天に響くほと大きな声だった。

 時々バスで保育園まで連れて行くこともあった。バスから降りて園まではかなり急な坂道を上がらなくてはいけなかった。私は孫と手を繋いで上がった。いつも「幸せだなあ」という気持ちが湧きあがってきたのだった。
 入園して一年間ぐらいは保育園に着いて先生に手渡すとき毎朝大泣きしたものだが、翌年あたりからは機嫌よくお教室へ入って行くようになっていた。

 あの頃のことを思い出すとありありと可愛いかった孫の姿が浮かび、もうあの年代の可愛い子はいないのだという気がする。可愛い時期はほんの数年で過ぎ去る。天からの贈り物のような数年。
自分の子育ての時には感じなかった切なく愛おしい思い出は今も私の胸の中には生きている。


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このストーリーに関するコメント

17/07/23 文月めぐ

『めくるめく宝の時』拝読いたしました。
都会と田舎では子育ての仕方も変わってきますよね。
ほんわかとしたお話で、心が温まりました。

17/07/23 笹峰霧子

文月めぐ様
コメントをありがとうございます。
自分の子育ての時は今とはおんぶ紐一つにしても違っていて長閑なものでした。
それに比べて年をとっての孫守りは大変でしたが、なぜか一入の愛着があるのです。

17/09/29 光石七

拝読しました。
ご自身の実体験でしょうか。第二の育児の苦労と喜びが素直に描かれていて、温かい気持ちになりました。
素敵なお話をありがとうございます!

17/09/29 笹峰霧子

光石七様

コメントを嬉しく拝見いたしました。ありがとうございます。
私の実体験で、今はもう返らない涙ぐましくも懐かしい思い出です。
赤ん坊から小学校低学年までの子供は無邪気で痛々しくもあり
携わっているとすべてを投げ出しても尽くしてやりたい思いになります。

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