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八王子さん

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子には親の背中よりも腰を見て欲しい

17/07/21 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 八王子 閲覧数:412

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 娘のサキが5歳になり、反抗期を迎えた。
 母の言うことをなんでも拒み、父のやる気のない態度や横柄な口ぶりを真似するようになった。
 だから母は決心をした。
「私は育児を放棄します」
 日曜日の昼下がり、テレビの前に寝転がって女子ゴルフを真剣に見ている父に母は姿勢を正して言う。
 すると、片づけをせずおもちゃを散らかしてばかりの娘も手を止めた。
 突然の出来事に、父がその言葉の意味を問いただす前に母は纏っていたエプロンを脱ぎ捨てて、ゴロンとテレビの前に先ほどまでの父と同じように横になった。
「お、おい」
 その時、遠くから洗濯機がなにかを報せて音を出す。
 いつもなら、なにかをしている最中でもなければすぐに向かうはずの母はリモコンを手にして、女子ゴルフから相撲にチャンネルを変えていた。
 居場所を奪われて困った父であるが、
「ママ、ピーピー言ってるよ」
 娘が洗濯機の方を指さして言っても動こうとしない。
 堪らず父は洗濯機へと向かって、洗濯の終わった洗濯物をカゴに詰め込んでベランダに出て、ハンガーや洗濯バサミを探して右往左往していた。

 水を吸った洗濯物を干す作業を何度も何度も繰り返して、ようやくカゴが空になった頃には慣れないことをしたせいか腰が悲鳴をあげかけていた。
「サキ、ママはいつもなにをしてる?」
「おそうじ」
「掃除機か」
 いつもはどこの部屋から掃除機をかけているのだろうか。
 どこのコンセントを使っているのだろうか。
いざ、掃除機の尻からコンセントを伸ばしてみては、どこに差せばいいのか、再び右往左往しつつ、どうにか掃除を始める。
 掃除機が強すぎて絨毯を吸ったかと思えば、サキのおもちゃを吸い込みかけて掃除機が壊れそうな悲鳴をあげる。
「ちょっと退いてくれないかな」
 最後まで残していたテレビの前までやってきて、父は遠慮がちに母に言う。
 掃除機の音でテレビの音など聞こえてはいないだろうし、そもそも相撲に興味があることなど結婚して7年経つのに聞いたこともない。
「ふん」
 そんな風に鼻息を荒くして、サキの散らかしたおもちゃを持って別の部屋へと移動してくれ、ようやく掃除機をかけ終えることができた。

 洗濯と掃除を終えただけで、疲弊してソファーでぐったりしている父。
「ママ、あそぼう」
 和室の方でままごとセットを豪快な音をさせてひっくり返すように広げる音が父の耳に飛び込んでくる。
 いつもなら気にしない音も、今日ばかりは頭痛の種となる。
「サキちゃんがママをやるから、ママはサキちゃんをやってね」
 そう言いながら、ままごと用の皿を用意して、そのうえにおもちゃのご飯を並べて行く。
「さあ、できましたよ。めしあがれ」
 しばらくカチャカチャやっていたかと思うと、母の前に料理を並べてサキが言う。
「サキちゃん、お野菜嫌い」
 母がサキを真似するかのように、サキがせっかく並べたままごとをガチャガチャと崩す。
「もうサキちゃん、いけませんよ!」
 ママ役になったサキが、いつもの母を真似るかのように叱る。
 それを隣の部屋から見ていた父は、今日だけでなく、もうどれぐらいのことか思い出せないぐらいの過去を振り返り居た堪れない気持ちになる。

 その後、ままごととしてはまったく成立しない反抗期の娘を演じた母は、サキと和室で昼寝をし、一人残された父もソファーでうたた寝をしていたが、体を揺すられて目を覚ました。
「どうした? おしっこか?」
 泣きべそを掻いたサキが父の足を揺すっていた。
「ママがいなくなっちゃった」
 それに驚いて、慌てて和室の方を見るも母は気持ちよさそうに眠っている。
「大丈夫、いなくならないよ」
 今日の母を見てサキもなにか危機感のようなものを感じたのだろう。
「サキちゃんいい子にする」
 父に慰められながらも、必死に強くあろうとする娘に父は確かな成長を感じた。
「夜ご飯、なに食べたい?」
「パパ作れるの?」
「ああ、パパだってママと結婚する前は一人暮らしだったんだから」
「オムライスがいい。ママ好きだから」
「わかった作ろう」
「サキちゃんも手伝う」
「一緒に作ってママに『ありがとう』って言おうな」
「うん」
 山のようにある家事と毎日格闘している母に感謝の気持ちを伝えるために、父と娘は立ち上がった。
 娘だけでなく、父までもいつも大変な思いをしている母の背中のありがたみを思い出しながら、台所で腰にムチを打つように料理を作る。
「あーあ……洗濯物、先に取り込んでおいてほしかったなぁ」
 そんなことをぼやきながらも、娘だけでなく父も一緒に成長してくれたことに、心から感謝する母であったが、その日以降、料理だけはなにがあっても自分がやろうと思うのであった。

(了)


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