小夜さん

児童文学作家志望です。ファンタジーが大好き。

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17/07/17 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 小夜 閲覧数:804

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 僕の部屋には、いつからかおばけが出るようになった。
 それは決まって日が暮れる頃。
なぜその頃かといえば、空の端から西日の名残が消え、いよいよ手元が見えなくなった僕が、観念して卓上ランプをつけるからだ。
 すると窓の向こうにはぽつぽつとした街の灯りが、こちら側にはぼんやりと疲れた目をした少年が見える。手元には折り目のついたノートや、積み重なった教科書が隙間なく散らばっていて、石漱目夏、学数とひっくり返った文字が映る。
窓の向こうも、こちらも現実なのに、重なったとたん、夢の中のようにぼやけて、本物じゃないように感じるから不思議だ。
 しばらくすると、明かりに照らされたその小さな世界にするり、と入り込んでくる影がある。
 いつも気がつけばそこにいる。ゆらゆらとしっぽを振って机の端からこちらを見ていることもあれば、ノートの真ん中に座り込んでこちらを見上げていることもある。
 僕の、本当のノートには、いつも通り汚い字がくっきり並んでいるというのに。
窓の中では、ぴんと立った耳を持った、黒くてつややかな小さな後ろ向きの頭が映っているのだ。
よく幽霊は影がないから鏡に映らないと言うけれど、そいつは逆に影しか持っていないようだった。
僕も始めは驚いた。けれどそれは本当にいいやつだったから、僕らはすぐに仲良くなった。
なでてやれば気持ちよさげに丸くなり、紐などを垂らしてやれば喜んでじゃれつき、僕がつかの間相手をするのを忘れていると、いつの間にノートの上に座り込んで勉強の邪魔を決め込んでいる。そしていつも僕の顔を何かをねだるように、甘えるように、見つめてくるのだ。
朝になるといなくなっているのだが、夕刻にはまた現れる。
でも、日が経つにつれて、僕はだんだん不満に思うことが出てきた。
僕らは毎日顔を合わせている。なのに、実に不思議なことだが、向こうはあれほど親しげに、僕を見てくれているのに、僕はこいつの顔を見たことがない。
「なぁ、こっちを向いてくれないか?」
 そう問うと、やつはしっぽを一振りした。見ているだろう、と言わんばかりだ。
 僕はどうしてもこいつの顔が見たかった。
 どんな毛の模様をしていて、何色の目をしているのか。ひげはどれくらい長いのか。
 それはちょっと好きな子にちょっかいをかけてやろう、というような、軽い気持ちだった。
 その日、僕は日が暮れる前、机の上を片付けた。そして机の上に窓を背にして座り込むと、少し震える手で卓上ランプのスイッチを入れた。
 薄暗かった部屋は、ランプの光との対比でとたんに真っ暗闇に包まれた。
 僕は当惑して自分の部屋を見つめた。
 僕の部屋はこんなに暗かっただろうか。
 僕はいつも、背後にこんな暗闇を背負って、机に向かっていたのだろうか。
 そして。ふいに、よく知る感覚に襲われた。
 何かが僕を見ているあの感じ。部屋の隅から、天井から、床から、部屋を覆う暗闇のいたるところから、何かを問うような、甘えるような視線を感じた。
 まばたきもできずに見返していると、闇は少しずつ濃さを増していくようだった。
 逃げるように目を背けた次の瞬間、僕は思いがけず窓に映った影を見た。
 肩越しの闇の中にそいつがいた。
 その姿は暗すぎて、はっきり見ることができなかった。一歩、一歩と明かりに近づいてくるにつれ、その姿はどんどん暗くなり、どんどん輪郭を失っていった。
 僕は窓から視線を逸らすことができなかった。
 僕の真後ろにそいつはいた。姿は見えないけれど、間違いなくそこにいる。
 そして、僕の肩を飛び越えたのか、突き抜けたのか、わからない。
 まるでスローモーションのように、黒い影が目の前に現れ、町の灯りと僕の顔の影に重なり、吸い込まれるようにして、窓の中に消えてしまった。
 我に返ると、そこはいつもの僕の部屋だった。
 卓上ランプに照らされた机。薄暗い部屋。でも、恐怖を覚えるほどじゃない。
 窓の外には街の灯りが、窓のこちら側では目だけを白く光らせた僕の顔が映っている。
 いつも通りの光景に、僕は安堵して机に向かう。
 もう、見られることにおびえずにすみそうだ、と思いながら。


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