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綾瀬和也さん

北海道の競走馬生産・育成牧場で働く綾瀬和也です。地元は栃木です。宜しくお願いします。

性別 男性
将来の夢 ダービー馬生産
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途切れた襷

12/11/30 コンテスト(テーマ):第二十回 時空モノガタリ文学賞【 お正月 】 コメント:0件 綾瀬和也 閲覧数:2360

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『ズキン』

 この2年間、この季節、この時期になると右膝がうずく。そして、テレビから目をそむけ続ける。

 一ノ瀬昭 22歳。

 2年前の今頃は、将来を渇望された天才ランナー。小学校のころからすでに頭角を現し、高校生のときには、インターハイでの当時の高校生記録を塗り替え、全国駅伝では、区間記録を三年続けて更新。大学は駅伝の名門の大学へ進学して一年生からメンバーに。そして、いきなり出雲、全日本と区間新記録を叩きだすという、まさに怪物。天才、スーパールーキーとさまざまな形容詞が一ノ瀬に付けられた。チームも、出雲と全日本を優勝して、1月2日・3日に行われる、正月の風物詩、箱根駅伝で三冠がかかるレースだった。

 一ノ瀬は、2日の往路の山登りの区間でもある5区にエントリーされた。過去この5区での逆転劇が多くあり、花の2区といわれる区間同様に、エース級の選手が配置される区間。そして、箱根の山を登るので、観衆もたくさん沿道に詰めかける注目の区間だ。

「緊張してるか?」
 4区と5区の中継所で、付き添いを務めた同級生の立花隆広に聞かれた。
「思ったよりしてないよ。」
 一ノ瀬は若干嘘をついた。ずば抜けた選手にありがちな、慢心な態度は一ノ瀬はなかった。チームメイトの関係も良好だった。4区でチームはトップを快走。二位の大学とはすでに二分近くの差をつけていた。二位以下のチームの5区を走る選手との力関係を比較すれば、セーフティーリードだった。
 
 大歓声の中、一ノ瀬は襷を受けた。ファンもこの選手が、どういう選手だったかよくわかっていた。快調に走っていた。異変が起きたのは、5キロを過ぎたところだった。右膝に痛みが走った。ガクンとペースが落ちた。

 10キロ過ぎ、二位の選手に並ぶ間もなく抜かれた。痛みは増すばかり。監督が車から声をかける。12キロ過ぎ、ついに歩き始めた。監督が車から降りる。
「もう辞めよう。」
 その言葉に、一ノ瀬は首を振って走り始める。後ろから来る選手がどんどん一ノ瀬を追い抜いて行く。それでも、ゴールの芦ノ湖を目指して走ろうとする。膝は言う事をきかない。それでも、この伝統の襷を途切れさせるわけにはいかない。

 しかし、14キロ過ぎ、ついに足が止まる。再び監督が声をかける。首を振る一ノ瀬。走りだそうとしたところで、監督がついに一ノ瀬の肩に手を置いた。途中棄権。その瞬間に、一ノ瀬は糸が切れた人形のように、道路に倒れ込んだ。右膝の半月板損傷だった。病院へ運ばれる救急車の中で、付き添った立花にずっと、
「ごめん、ごめん…」
 と言い泣き続けた。
 
 ランナーとして、初めての屈辱。その年の10月、箱根駅伝の予選会に一ノ瀬が登場した。復活を期すために一ノ瀬は走った。だが、結果は非常だった。一ノ瀬がブレーキとなり、名門は初出場して数年来続いた連続出場が止まった…

 OBや保護者などからの風当たりが強かった。一ノ瀬は陸上部も大学も辞めて、故郷へ戻った。

 あれから2年。また駅伝が盛り上がる季節。元旦は実業団日本一決定戦の駅伝大会がある。タスキが途切れてしまった時の先輩方、予選を通過できなかったときの先輩方が出場している。その姿を見る事が出来ず、テレビをつける気もなかった。

 見かねた両親が、箱根だけは見ましょうと言ってきた。去年はかたくなに断った。だが、今年は立花や他の同級生最後の箱根。前年、二年ぶりに出場して、シード権を獲得。今回は、名門完全復活を目指していた。

「立花…5区走るのか…」
 一ノ瀬は静かに呟いた。立花本人も嫌な思い出のある5区だ。大混戦となった4区。立花は、一位と1分差の三位でタスキを受ける。ふいに母親が口を開いた。
「立花君から伝言を受けたわ。あなたの分も走るから、絶対見てくれって。」
 
 立花は激走を見せた。あの10キロ付近、トップに追いつく。並走が続く。そして一ノ瀬が止まった、14キロ過ぎ…
『立花がここでスパート!トップに立ちました。突き放す。三年前、一ノ瀬が止まったあの14キロ過ぎ、ここで仕掛けた立花!』
 テレビの実況アナが叫んだ。一ノ瀬がテレビに食い付くように見る。
「立花…頑張れ。」
 祈るような声を出した。後続も懸命の走り。つばぜり合いが続く。
「ここが一番つらいところだ!踏ん張れ立花!」
 画面に映る、立花の険しい表情に激を飛ばした一ノ瀬。激が通じる。残り3キロ、ラストスパート。ついに突き放した。一ノ瀬の目から涙がこぼれ出た。

「三年前の屈辱をこれで晴らせました。テレビの前の、一ノ瀬も喜んでいると思います。」
 立花が胸を張ってそう言った。

 5年後の元旦。立花から一ノ瀬へ襷がつながった。 
「膝、大丈夫?」
 笑顔の立花。
「うるせえ。大丈夫だよ!」
 一ノ瀬が走った…


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