1. トップページ
  2. 灰色の猫と片目の猫

KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

灰色の猫と片目の猫

17/07/15 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:569

この作品を評価する

 細い坂道を自転車でのぼると図書館があった。ヨーロッパの城を想わせる二階建ての図書館は真夏の太陽に照らされて外壁の煉瓦も焼けついていた。
 来年高校受験を控えた彼は今日も勉強をしにやってきたが、自転車を止めた後にすぐに図書館に入ることもせず、自転車置き場の庇の下で鞄を抱えたまま佇んでいた。
 目の前には水の枯れた円形の噴水があり、それを囲むようにベンチが置かれてあった。夏の日差しを恐れてか誰もベンチに座っていなかった。ほどよい間隔で植えられている樹々の内側からは蝉の息苦しい鳴き声が空を満たし、湿気を含んだ風は地面の上をもたつきながら流れていた。
 ベンチの下で寝ていた灰色の猫が背伸びをして起き上がると、のっそりとした足取りで彼に近づいてきた。足元まで近づいて座ると、ミイと鳴いて鞄をみつめた。
 彼は鞄を開けて煮干しをとりだすと、そっと地面に置いて腰を屈めた。すぐに煮干しを食べ始める猫を眺めながら優しい手つきで背中を撫でた。猫は人に慣れているようで嫌がる様子もなく撫でられるままになっている。
 きっと飼い猫だったんだろう、と彼は思ったが、この猫が捨てられたのか、自らの意思で自由を選んだのかはわからなかった。
「今日も猫に餌をあげているんだね」
 ゆっくりと自転車を手で押してきながら彼女が近づいてきた。少し離れた場所で自転車を止めると、足音を立てないように猫の側までやってきた。彼のとなりに並んでしゃがむと、靴の先を人差し指で軽く叩いて笑った。
「そんなにこの猫が好きなら連れて帰って飼ったらいいのに」
「うちはマンションだから、ペットは飼えないから」
「そっか、うちはインコ飼っているから、猫は飼えないかな」
 彼は首を傾げて口を開きかけたが、すぐに口を閉じて何も言うことはなかった。
 ふたりはしばらく言葉を交わすこともなく煮干しを食べる猫を眺めていた。灰色の長い毛をした猫は暑そうで、炎天下には相応しくなかった。冷房のきいた洒落た洋室が似合いそうだったが、この猫にしてみればたとえ暑くとも部屋に閉じ込められるよりは幸せなのかもしれない、と彼は思ったがその考えが自分に跳ね返ってくるようで胸が苦しくなった。
 ギイと鳴く声がした。見ると片目がつぶれた猫が後ずさりするような姿勢で彼の手元を睨んでいた。痩せこけて毛並みも不揃いで背中の毛がところどころ剥げていた。
 餌が欲しいのだろう。彼は鞄から一握りの煮干しを掴みだすと、片目の猫に向って投げた。すると彼の足もとで煮干しを食べていた灰色の猫が機敏に体を反転させ、片目の猫に向って飛びかかっていった。唸り声をあげ、前足をあげて片目の猫を威嚇した。
 片目の猫は煮干しをくわえると走って噴水の先へと逃げていった。一度も振り返ることなく木の繁るなかへと向かっていった。片目の猫を追い払った後、灰色の猫はゆうゆうと散らばった煮干しを食べ始めた。その姿はまるでおとぎ話に出てくる強欲な商人のようだった。
 彼と彼女は顔を見合わせ、眉をしかめた。
「猫も人と同じで見かけによらないのね」
「片目のほうが強そうだったのにな」
 二人は同時に立ち上がり、意味もなく微笑んだ。夏風が汗ばんだ肌をさすっていく。
 付き合い始めてもうすぐ一年になる。来年の春には別々の高校に進むことになるだろう。彼は工業高校に、彼女は女子高の普通科を目指している。将来のことなんてまだわからない。明日のことすらまだだいぶ先のことのように感じている。
「どうして毎日猫に餌をあげているの」
 彼は悩んだ後で「美味しそうに食べてくれるからかな」と、答えた。
「どうして私たち、毎日勉強しているのかな。どうして別々の高校にいこうとしているのかな」
「だって仕方ないだろう。そんなこと言ったって……」
 彼女は半分泣きそうな顔になったが、無理に笑顔を作った。そしてふざけるように彼の頬を軽く指で突っついた。彼も半分泣きそうだったが、無理に笑い返した。
 急に灰色の猫が毛を逆立てて唸なりだした。噴水の向こう側から片目の猫が全速力で戻ってきていた。真っ直ぐに灰色の猫に向ってくる。逃げたことを恥じているのだろうか。
 片目の猫は灰色の猫の前までくると躊躇なく爪をたてて襲いかかった。勢いにのまれた灰色の猫は背を丸めすぐに逃げ出していった。何度も振り返りながら噴水の先へと走っていった。
 ギイイ、と濁った声で片目の猫が勝利宣言をすると、突然、枯れた噴水から水が噴き出した。勢いよく水は空にのぼり、太陽の光で七色に輝いた。蝉の鳴き声も噴水にのみ込まれていき、夏が膨らんだ風船のように割れて弾けてしまったかのようだった。
「とにかく、今はがんばろうよ」
 彼はそういうと彼女の指をやさしく噛んだ。彼女は恥ずかしそうに頷いた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン