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木原式部さん

文章を書いたり、占いをしたりしています。 時々、ギターで弾き語りもします。

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猫を探しに

17/07/15 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:2件 木原式部 閲覧数:699

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 土曜日の朝、飼っている猫が逃げだした。私が窓を開けて、うっすらと積もっている雪に目を奪われているスキに、猫は足元をすり抜けて外へ出て行った。私はすぐに追いかけたが、猫はもうどこにもいなかった。
 夫は私がパジャマに素足のまま庭に出ているのに気付いて驚いていた。私が涙でぐちゃぐちゃになりながら猫が逃げだしたことを話すと、仕事から帰ってきたら一緒に探してやるから、あまり無理するなと言って家を後にした。
 夫が出て行った後、私は着替えて外に出ると、あてもなく猫を探し始めた。しばらく近所の家や公園を探していたが、あまりにも寒かったので家に戻ってまた着替えた。ヒートテックを二枚着て、ダウンベストとダウンコートを重ね着ぎして再び家を出た。幸い雪は止んでいたが、たくさん着こんだというのに身体はまだ冷え切っていた。でもこの冷えは寒いからというわけではなく、猫が見つからなかったらどうしようという恐怖心から来るもののようだった。
 私は猫を探しながら、この恐怖心から来る冷えを前にも感じたことがあることを思いだした。ちょうど今くらいの季節、二年前に母親が病気で入院した時だ。
 今住んでいる家に越した頃、母親が病気になった。生死に関わる病気だった。私は母親が入院している病院まで毎日歩いて看病に行った。
 病院へ行く道を歩きながら、母親が死なないように母親がどこにも行かないようにと毎日神様に祈った。あんなに何かにすがったことは初めてだった。祈りながら、何度も何度も冷え切った指先に息を吐きかけた。
私の父親は小さい頃に亡くなったし、兄弟もいなかったから、母親だけが私の肉親だった。たった一人の肉親だと言うのに、私はあんまり良い娘だとは言えなかった。わがままを言ったり文句を言ったりばかりしていた。母親がよくなったらたくさん親孝行をしようと心に誓ったのに、願いは叶わなかった。あんなに毎日看病したのに毎日祈ったのに、二年前の今頃、母親はあっけなく亡くなってしまったのだった。
 母親の葬式が終わってしばらく経っても私は泣いてばかりいた。ある日、泣いている私に夫が思いがけないプレゼントを持ってきてくれた。あの逃げた猫だった。夫が言うには、猫は母親が死んだ日に生まれたそうで、何か運命みたいなものを感じてもらってきたということだった。
 私は猫を可愛がった。「溺愛」と呼ぶにふさわしい可愛がり方だった。私の溺愛ぶりに夫は呆れた表情をすることもあったが、からかったり文句を言ったりすることはなかった。私にとって猫は母親の代わりだった。今度こそ後悔しないように思いっきり可愛がって大切にしようと思った。夫も薄々そのことに気付いていたのだ。
 私は逃げた猫がこの家にやって来た経緯を思い出しながら、また涙を流した。涙を流しながら、あてもなく猫を探し続けた。
 どれくらい探していただろうか。気が付くと見知らぬ場所まで来ていて、陽も沈み始めた頃、目の前を見覚えのある影が走って行った。逃げた猫だ。
 私はとっさにカバンの中からキャットフードを取りだした。猫はまっしぐらにキャットフードに飛びついた。猫がキャットフードに食らいついている間に私は後ろから猫を捕まえて、持っていた猫用のキャリーバッグに押し込むことに成功した。
 私は安堵のあまり、その場に倒れ込んだ。
 見つかってよかった。もう、こんなことが起こらないようにしないと。私は帰ろうと身体を起こした。
 立ちあがった私は、母親の入院していた病院がすぐ近くに見えることに気付いた。このアングルには見覚えがある。ここは私が二年前に毎日通った病院への道だった。
 あんなに毎日通った道だというのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。私は周りを見渡してやっと気付いた。二年前、病院の周りは田んぼか平地が広がっているだけだったが、今は新しい家が立ち並び、まったく違う姿を見せている。私が通らない間にずいぶん変わってしまったのだ。母親が死んでからもう二年も経っているし、変わっていてもおかしくない。   
 私はキャリーバッグの中の猫を覗き込んだ。猫も初めて私の家に来た時に比べて、ずいぶん大きくなってしまっている。
道も猫もこんなに変わってしまっていたのに、自分は何も変わっていないことに気付いた。猫がいなくなって取り乱した時の自分は、まるで母親を亡くした時の自分のようだった。私もそろそろこの道や猫みたいに変わらなくてはいけないのだろうか。
「……帰ろうか」
 私は猫に言うと、そのまま歩き始めた。猫が見つかった時に止まった涙が、また流れ始めた。涙でぐちゃぐちゃになりながらも、私は病院の方を振り返らずに自分の家への道を歩き続けた。


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このストーリーに関するコメント

17/08/20 光石七

拝読しました。
もし猫が見つからなかったら……という不安と母親を亡くした時の心境のリンクから、最後の主人公の気付きと変化まで、流れが自然で、シンプルな文章の中に主人公の心情が深く溶け込み、滲み出て伝わってくるように感じました。
素敵なお話をありがとうございます!

17/08/20 木原式部

光石七さん

こちらこそ、コメントありがとうございました!

実は猫を飼ったことがないので「こんな感じで大丈夫なんだろうか??」と思いながら書きあげたのですが、最終選考まで残って、さらにコメントまで頂けて嬉しい限りです。

これからも頑張って投稿し続けたいと思いますので、宜しくお願いします。

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