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TATAさん

星新一氏と「ショートショートの広場」作品が心の師匠。

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たくらみ

17/07/15 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 TATA 閲覧数:680

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 同僚と飲んだ帰り、電車を降りた俺はいい気分で家への道を歩いていた。
 けっこう遅い時間だったが、まだあちこちに人影がある。その中に、足元のおぼつかないサラリーマンがいた。かなりのんびり歩いてきた俺にすら追い越されようというペースだ。まだ明日もあるんだからちゃんと帰れよ、と他人事ながら思った、そのときだった。
 どこからか飛び出してきた黒い物体が、歩道を勢いよく横切った。猫だ。みな驚いたようだったが、そいつの慌てようはひどかった。大きくバランスを崩し、泳ぐように手足を動かすと、脇の植え込みへ突っ込んだ。コメディのような展開に、思わずぷっと吹き出した。
 だが、事態はそれで済まなかった。どうしたはずみか、男は植え込みを越え、そのまま車道まで転がっていってしまったのだ。まだまだ交通量の少なくない車道へ。
 ほどなくして救急車が到着し、ひとだかりの中、不幸な酔っ払いは担架で運ばれていった。もっと不幸なワゴンの運転手は、うなだれたまま警官に話を聞かれている。
「溝口さん」
 その声に振り向くと、近所に住む向井という男が立っていた。うちと同じで女房と二人暮らし、子供はいない。太っておしゃべりの女房とは対照的に、痩せて覇気のない男だ。
 俺は軽く頭を下げた。
「ああ、どうも」
「気の毒にねえ。助かりますかね」
 そう言いながらも、思いがけないドラマに遭遇したせいか、相手の口調はやや興奮気味だった。
「どうでしょうかね。ピクリともしてなかったし」
「こんな家の近くで死亡事故なんて、今までなかったのになあ」
 向井はもう男を殺してしまっていた。そして、首を巡らせて言った。
「……猫、どっか行っちゃいましたね」
「そりゃ、まあ。この騒ぎですから」
「でも、考えてみればすごいですよね。これだけのことをしておいて、罪にならないんですから」

 その日から俺は、ある計画を立てることに熱中した。

 向井の旦那の、あの一言。猫を使って、女房を事故死に見せかけられないだろうか。
 口うるさく、下品で、配慮のない女。明るく気さくで正直者だなどと誤解していたあの頃が恨めしい。安らぎの得られない毎日を送っていては、家の中で過労死してしまう。身を守るのは当然の権利だ。
 俺はヒマさえあれば、メモに小さな字でくちゃくちゃとアイデアを書きつづった。戸棚の上から重い物を落とす……、もとい、落ちる。ベランダで洗濯物を干しているときに足をすべらせる。風呂に入っているときに感電する。マンションの階段から転げ落ちる……。家に一人のときは、アイデアを実際に試みてもみた。
 だが、現実にやってみると、「猫による不幸な事故死」がいかに難しいかをつくづく思い知らされた。あの夜の手腕の見事さにため息が出る。もしかしたらあいつはプロだったんじゃないだろうか。
 俺は、ある休日にホームセンターへ出かけることにした。ペットを飼ったことがないので、猫を飼うのに必要な物が何か「ヒント」にならないかと思ったのだ。
 居間へ顔を出し、ちょっと出てくると告げる。
 ソファーに寝そべってテレビを見ていた憎たらしい女は、ふんと鼻を鳴らした。
「またパチンコ? もったいない」
「俺の小遣いで行くんだ。文句言うな。それより少しは片づけたらどうなんだ」
「休みの日にバタバタしたくないわよ」
「毎日休みじゃないか」
「そういう言い方、女を敵に回すわよ」
 そういう自分はすでに一番身近な男を敵に回していることも知らず、スナック菓子の袋に手を突っ込んでいる。今に見ていろ。
 電車で20分ほどの駅へ出てホームセンターへ向かう。初めて足を踏み入れたペット用品のコーナーを、あてもなくふらついた。場合によっては技を仕込むって手もある。うまくいくかな。猫はどうするか。ノラ猫を拾ってくれば金はかからないが、大人は懐かなそうだし、仔猫を探すのも面倒だ。どこかからもらうという手もあるが、計画が計画なだけに、あまり人と関わりを持つのは気が引ける。やっぱりペットショップが無難だろうか。
 そんなことをあれこれ考えているうち、人とぶつかりそうになり、慌てて謝った。
 だが、相手を見て俺は面食らった。
「向井さん?」
「み、溝口さん? ど、どうも……」
 相手の動揺はただごとではなかった。何かペット用の品物が入ったらしいビニール袋を下げたまま、その場に固まっている。
「ペット、飼われるんですか?」
「ああ、はい、いえ。実はもう、飼いはじめてまして」
「そうなんですか。でも、確か奥さんは動物が苦手だったんじゃ……」
「えっ、ええ。まあ。私がどうしても飼いたいと、押し切りましてね。今日はその、必要なものがあったんで、ちょっと……」
 そして、小声になって、こう続けた。
「……もしかして、あなたも、猫を?」 


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