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m.m.さん

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猫の会

17/07/10 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 m.m. 閲覧数:475

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つまらない気分で、さっき来た道を戻っていた。
空は一点の曇りもなく、暑さで頭がクラクラした。涼しげなカフェで過ごすはずだった土曜の午後だが、友人のドタキャンで無くなってしまった。

もっとも彼女に悪気があるわけではない。会社を辞め、独立して三カ月。事業を軌道にのせるため、休日返上で働いている。それに比べて私は…。

すいっと目の前を速いものが横切り、見るとそれは白猫だった。呑気なもので、あくびをしながらテテテと前を行く。きっとこのあと、人間の知らない場所へ涼みにゆくのだ。猫は自由の生き物だという。今の私の気持ちなどわかるまい。

暑い。まず、コンビニで飲み物を買わなくては、喉がカラカラで倒れそうだ。まぶしくて、目も…開けて…いられない。

猫が喋ったのはその時だった。
「あー、遅刻だ」
耳を疑った。思わず、追いかけていた。
喋ったのは気のせいだとしても、その猫自体、追いかけずにはいられないほどの特徴を備えていた。よく見ると、なぜ最初から気づかなかったのか、なんと服を着ていたのだ。それから、首のところで光りながらカチカチと鳴る物体は、古めかしい懐中時計。まるで、アリスの物語に出てくる白ウサギじゃないか。

猫は敏捷にブロック塀の上に駆けのぼり、道づたいにどこまでも進んでいった。昼餉の香りが漂う家々の裏を抜け、踏切を渡り、木の枝を潜った。近所であるはずなのに、初めて見る風景ばかりで、不思議の国へ迷い込んだような錯覚を覚えた。

やがて猫は、住宅街に囲まれた、何の変哲もない建物の中へ姿を消した。

一歩足を踏み入れると、ひんやりとした暗い回廊が広がっている。掲示板の紙が、通るたびに音もなく震えた。しんとした空間の奥から、話し声が漏れてきた。

その扉には、こう書かれてあった。

「会議室A 猫の会」

「では、異論のある猫はいませんね。次の選考に参りましょう」
人、というところを、猫、と言っている。やはりあの猫は喋る猫だったのだ。

「ウェブデザイナーに転身したA子さんですが」
「ああ、あの子の本気のプレゼンは、良かったね」
「投資年月は五年だったっけ?」
「さっそく、成果が出ているようですから、十年にセットし直しても良いかも」
「そうだねえ」

私はそっとドアノブを回し、中の様子を伺い見た。

信じられない光景だった。コの字型に配置されたテーブルに着席しているのは、なんと、人間のような恰好をした猫たちだった。おそらく全部で十人、いや、十匹ほどの猫が居るだろう。いちばん手前は、私が追いかけてきた白猫だった。涼しい顔で議論に参加している。

「あっ」
私の気配はすぐに見破られた。
「人間の匂いがすると思ったら」
白猫がいきおいよく扉を開いた時、私は、悲鳴を上げる間もなく、皆の視線を一斉に浴びていた。
警戒した猫たちは、三角の耳をピンと立てた。
「この人間は?」
いかにもリーダーの風格を漂わせた、体格の大きな黒猫が、ひときわ大きな声を上げた。
「好奇心で私のあとをつけてきた暇人でしょう」
白猫がそう言うと、
「なーんだ」
皆は落胆したそぶりを見せた。持ち込みかと思ったのに、と、あちこちからため息が漏れた。
「ついでに言うと、この人間は、三十歳手前にもなって、自分は何も挑戦しないくせに、独立した友人を羨んでいるようなやつであります」
私は彼を睨みつけた。
「羨んでなんか…」
「人間は、みんなそう言うんですよね」
そうだそうだ、と、猫たちは同意した。
「失敗しろ、と望んでいる」
「ちゃんと努力して成功したら、次は足を引っ張るつもりなんだ」
「または、欠点を粗探しして」
「少しでも自分の方がイケてるって信じ込もうとする」
猫たちは笑った。
「彼女、成功するとは限らないし」
私の口をついて出たのは、そんな言葉だった。場が静まり返った。

「ほら、ごらんなさい。それがあなたの本心だ」

黒猫は前脚を振り上げた。目の前に迫りくる肉球に、私は思わず後ろによろけた。
黒猫が懐中時計をいじった。カチャリという音がした。
視界が端の方からだんだんぼやけ始め、猫たちの輪郭はにじんでいた。空間がゆがんで渦になり、私自身も、その中に溶け出してゆくような感覚に包まれた。
「この人間、投資する価値ありますかね?」
「さてね。一年後にわかるよ」
猫たちの声が響き、あとには背中の冷たさだけが残った。

気がついた時、私はコンビニの床に横になっていた。入店した途端に倒れ込んだということだった。店員の差し出してくれた冷たい水が有難かった。目まいの症状が落ち着いてくる。

夢を見ていた。

目前にはらりと舞い降りる影があり、見ると白猫だった。この上なく大事なものを与えられたような気がしたが、猫は人間のことなど意にも介さぬという風情で、スススと視界の隅へ消えて行った。


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