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蒼樹里緒さん

https://note.mu/aorio まったり創作活動中です。 コメント・評価等、本当にありがとうございます。個別返信は差し控えますが、とても励みになります。

性別 女性
将来の夢 趣味と実益を兼ねた創作活動をしながら、気ままに生活すること。
座右の銘 備えあれば患いなし/一石二鳥/善は急げ/継続は力なり/思い立ったが吉日

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かえりみないかえりみち

17/07/07 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:1件 蒼樹里緒 閲覧数:743

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 がらごろ、がらごろ。石畳の上を、旅行鞄の四隅に付いた小さな車輪が回ります。その音や拍子が歪に聞こえるのは、鞄を引いて歩く私の機嫌が反映されているせいでしょう。
 姉の困った声が、背にかかりました。
「ねー、なんで怒ってんの? あんたのハムをあたしが食べたから?」
「違います。それは譲ったでしょう」
「じゃあ、あたしが鞄の鍵を前の街に忘れてきて、宿で壊して開けたから?」
「それも本当にどうかと思いますが、違います」
「えー? お姉ちゃん、わかんなーい」
 お手上げだと言わんばかりの姉に、私は立ち止まって半眼で振り向きました。
「正解は――」
 商店の並ぶにぎやかな通りの近くでは、私の声も埋もれてしまいそうですが。
 姉の両目が鋭くなり、私に駆け寄ってきたかと思えば、横をすり抜けて。
「このクソガキ! あたしの大事な妹から財布を盗ろうなんて、いい度胸ね!」
「はなせよ、ババア!」
「はぁ!? お姉様って呼びな!」
「それです、正解はそれ! 子ども相手にあまりにも大人げないのですよ、姉さんは」
 え、と絶句する姉はさておき、私は屈んで男の子に微笑みかけます。
「姉が乱暴な真似をしてしまって、本当にすみません。ですが、私もお金がなければ旅ができなくなってしまうのです。どうか返してくださいな」
 上着の首根っこを姉につかまれた気の毒な彼は、顔を曇らせました。薄汚れた手に、私の財布が握られています。逆の手には、小振りのナイフがありました。
 そちらを自分の手で包みこめば、彼の指が強張ります。
「こんなもので誰かを刺せば、亡くなったお相手のお姿は、これと同じ『凶器』となってしまいます。それが、この世界の理です。あなたもご存知でしょう」
「……うん」
「私と姉がこの街を訪れてから、子どもたちによるスリの犯行に、何度も遭いました。いずれも未遂ですが。貧富の差の激しさは、街並みを眺めるだけでもわかります。お気の毒なことです。だからといって、旅行者の方々からお金を盗んだり、傷つけたりしていいということにはなりませんよ」
「わかってるよ、けど……ッ!」
「あんた、家族は何人いるの」
 男の子を捕らえたまま、姉は静かに問いかけます。責めるよりも呆れた語調で。
「最初にあたしたちを狙ったガキは、弟と妹が五人。その次の奴は、母親と兄と姉が一人ずつ。その次の奴が――えーと、あーもう思い出せない。で、あんたは?」
「じいちゃんと、妹が一人」
「そう。ならいいわね、帰る家があって。それが事実なら、だけど。家族のためだとか言って、実際はテキトーに同情を誘う作り話で、自分のために盗む場合が多いしね」
「うそじゃない!」
 男の子は、声を張って否定しました。
「じいちゃんは、ずっとおれと妹を育ててくれたんだ! でも、病気になって、薬を買う金もなくて……っ」
「ひとつ、昔話をしましょうか」
 彼の手からそっと財布を返してもらい、私は語ります。

 あるところに、仲のいい双子の姉妹がいました。裕福とも言えない慎ましやかな生活でありながらも、両親と一緒に四人で穏やかに暮らしていました。
 ところが、ある日の夜。外で遊んでいた幼い姉妹が家に帰ると、両親の姿はなく――血まみれの床の上に、二本の短剣だけが転がっていたのです。
 頼る親戚もなく、取り残された姉妹は、その短剣を大事に抱え、家を飛び出しました。両親を殺したかもしれない何者かを捜し出し、『凶器』の謎を解き明かすために。
 これが、長い長い旅の始まりだったのです。

 男の子は、おずおずと訊いてきました。
「それって、お姉ちゃんたちのこと?」
「ええ。もう帰る家もありませんが、大切な家族のために目的を果たしたいという願いや想いは、あなたときっと同じです」
「過去を振り返ろうが、来た道を戻ろうが、父さんも母さんも生き返るわけじゃないしね。全部解決するまで、旅をやめるわけにはいかないの。あんたはまだ幸せよ。踏み外さないで帰れる道も家も、ちゃんとあるでしょ」
 男の子の上着から手を離し、姉は彼の頭をわしゃわしゃと撫で回しました。
「わっ、なんだよッ」
「あたしをババア呼ばわりした罰と、景気づけよ」
「このナイフは幸い、何の記憶も『視』えませんでした」
「お姉ちゃん、『解読者』なのか?」
「はい。これは、まだ誰の命も奪っていないようです」
「……じいちゃんが、野菜とか果物の皮をむくのに使ってるんだ」
 ズボンのポケットにそれをしまい、男の子は少しだけはにかんだ笑顔を見せてくれました。
 私と姉も、顔を見合わせて笑います。
「姉さん。次の街へ行く前に、彼を診療所までお連れしたいのですが」
「しょうがない。世界一かわいい妹の頼みだし、付き合うわ」

 帰り道は顧みず。私たちの旅路には、行き先だけが延びているのです。


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このストーリーに関するコメント

17/08/10 雪野 降太

拝読しました。
気丈な姉妹のキャラクター性が魅力的でした。埋もれているであろう設定も相まって、結末のあっさり感に毒気を抜かれた気分です。

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