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風宮 雅俊さん

テーマに沿った物語を、どのくらいのレベルで書けるかな? と言う事で登録してみました。 アマゾンの電子書籍キンドルで作品出してます。こちらも宜しくお願いします。 ツイッター: @tw_kazamiya

性別 男性
将来の夢 世界一周の船旅で、船室に籠って小説を書く事
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最後の出張

17/07/05 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 風宮 雅俊 閲覧数:474

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 改札を抜け、人通りが少ない商店街を歩いて行く。使い込まれたビジネスバックと出張先のスーパーで買ったご当地商品をぶら下げて、住宅街のはずれにある我が家まで。あと、もう少しだ。
 この道を歩くのはいつも暗い時間、夜が明ける前に家を出て帰りは暗くなってから。近所にどんな人が住んでいるとか考えた事がなかった。これからは挨拶ぐらいして顔見知りぐらいにはなりたいものだ。
 でも、その前に女房に楽をさせてやらないとな。出張ばかりの外回りの営業だったから、家の事は何もやらなかった。家に帰る事さえ殆どしてこなかった。平日はホテルを泊まり顧客回りだった。会社にはFAXで報告書を入れ、荷物は次の宿泊先のホテルに送ってもらう。そう言う毎日が当たり前だと思っていた。

 そう言う頃だった。まだ、携帯電話がなくポケベルは必要ないと思っていた頃・・・・

 突然の顧客の都合で会社に提出していた予定と違う日程で回っていた時だった。自宅では娘の熱が前日からの看病にも関わらず下がる気配がなく、女房は徹夜の看病で疲れがたまっていた。そして、深夜に娘の熱が四十度近くに上がってきた。
 女房もいっぱいいっぱいになっていた。普段、出先のホテルに電話を掛けてくる事はなかったが、この時ばかりは宿泊予定になっていたホテルに電話を掛けたのだった。
 でも、ホテルの答えは「宿泊客リストに名前がない」それ以外の事は言わなかった。それは事実であったし口数の多いホテルマンは失格でもあった。しかし、女房の限界だった。
 夜が明ける頃には娘の熱は下がっていたが、その横で女房は泣き通しだった。
 そう言う事も知らずに出張先のスーパーで買ったご当地商品をぶら下げて家に帰ったのだった。
 はじめて、女房の怒った顔を見た。
 はじめて、女房の泣いた顔を見た。
 あれから暫く口も利いて貰えなかった。でも、仕事はある。資料を抱え着替えを抱え顧客を回らなくてはいけない。


 数年が過ぎ、娘も大きくなっていた。
 卒業式に両親が来てくれると娘が喜んでいた。けれど、卒業式の日は顧客のところにいた。
 女房の怒った顔を見た。
 女房の泣いた顔をみた。
「子供の入学式も運動会も卒業式も出れないなんて、そんなに会社が大事なの?」
 女房の叫びは悲しげだった。
「寂しい思いをさせてすまない。でも、他に能がないから。これでしか家族を守れない」
 女房が、はっと気づいたような顔をした。


 今の方が女房の気持ちが分かる様になった。と、思いたい。
 これからは、買い物に一緒に行こう。荷物を持ってあげれば喜ぶだろう。家の掃除を手伝おう。掃除機を二階に運ぶのは大変らしいから代わって掃除をしよう。料理だって覚えて楽をさせてあげるんだ。
 これからは、たくさん時間がある。旅行に行く事だって出来る。どうせ行くなら遠くに連れて行ってあげよう。北海道に行きたいと言っていたのを覚えているぞ。流氷も良いな。富良野のラベンダーも綺麗だろうな。何もない所で平原を見ているのも良いかもしれない。安くて沢山カニが食べられる店も知っている。観光客が来ない景勝地も知っている。外回りの営業だったからお客さん先で色々と教えて貰っていたから。でも、女房が喜ぶならどんな所でもいいんだ。


「お父さん、どこに行っていたの。それに、どこのコンビニの袋?」
 もう少しで家に帰り着くのに、行く手を阻む様に私の腕をぐいと引っ張っている。
「わしは、女房の待っている家に帰るところだ。放してくれ」
 私の腕を強く掴むと、有無も言わさず歩き始めた。
「はいはい、母さんは家にいますよ。帰りましょう。深夜にホント勘弁だわ」


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