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知床のクマとネコ

17/06/29 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:2件 64GB 閲覧数:1088

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140kgを超すであろう立派な角の牡鹿が一台のワゴン車とぶつかっていた。車は大破して横転し、辺り一面粉々になった部品などで道路は騒然となっている。撥ねられた鹿はすでに息を引き取り歩道を塞いで横たわっていた。その歩道を三十代くらいの女性が音楽を聞きながら走ってきた。ハンターならまだしも普通なら動物の死骸を気味が悪いと思うところだが、ピョンとまたいで何もなかったかのように走り去ってしまった。地元の人たちはそれほどまでに見慣れた日常なのだ。
 北海道の道東地域は自然の宝庫だけあって年間1800件もの衝突事故が起こっている。
人間が自然に近づいていくと野生動物を殺してしまうことになると町をあげて告知してもマナーの悪い人間は後が絶えない。知床町民の中でも玄関先に魚を放置したり、ゴミの回収日でない時に生ゴミを出す者が、町なかに出没したヒグマを撃ち殺せと叫ぶ。一方ヒグマの写真を撮りに来るカメラマン達がヒグマに近づいて『人慣れ』を加速させる。そういった人達はなんでも駆除するなと叫ぶのだ。
 世界自然遺産に指定されて、年間200万人の観光客がやってくる知床で1968年からヒグマによる事故が起きていないのは、何かが起きる前に駆除という形で対応してきた人間の作り出したいびつな奇跡だろう。
                    
 知床の町を堂々と歩くトラ猫がいた。彼の名前は『いっぱつ』という。人に飼われていたネコだろう。人間との付き合い方を熟知していた。道の駅で座っている観光客の足の上に登り「なー」と鳴けば何か貰えるのだ。もちろん道の駅内に入ればつまみ出されるので決して入ったりしない。
 家の前に干されている魚を一匹盗んでも、小料理屋の厨房に顔を出しても、おおらかな町民は「おや? いっぱつ そんなぽっちでいいのかい?」と彼を可愛がった。たとえエサを貰えなくとも知床の大自然はネコ一匹を飢え死にさせるほど貧弱ではない。

ヒグマの一撃は馬の首を吹き飛ばすと言われている。実際はクマの武器はフック船長のような曲がった爪であり、その鋭い爪は肉を削ぎ落とす威力がある。100mを7秒台で走るので逃げても無駄、判断を誤ったら命の危機に直結する。日本最強の野生動物はダテではない。
そのクマが市街地に出たと無線をもらいライフル銃とゴム弾銃を持ってクマ対策課を出た。鹿が増えたことによってセリなどの植物が山になくなったとはいえ、この時期食べるものには事欠かないはずだ。それがいきなり市街地とは。状況判断はハンターに任されている、少し痛い目にあわせて山に逃げて行ってくれればと思う。時間を見ると朝の六時。朝の射撃は涙目でぼやけるのでいやだ。車を飛ばして現地に着いたときは10人ほどのクマ対策課が轟音弾などで追い立てていた。そのクマは四才くらいのオスで好奇心旺盛の時期だ。クマは全く驚きもせず、悠々とゴミステーションを引きちぎっている。ゴミステーションのゴミを食べさせてはならない。
ゴム弾を体の柔らかい部分を狙って発射する。
ドン! 
「グォッ」
弾は命中してクマはゴミステーションから離れた。山の方に帰ってくれたらと思っていたが、走った先は市街地の更に中心部だった。轟音弾の音を聞いたなら地域民は出てこないが、七時を過ぎれば射撃のタイミングを外す。
 駆除しかあるまい。クマ対策課のハンター達に暗黙の了解が交わされる。ライフルを構えてわき腹の下、三番目の肋骨を狙う。スコープの中にいるのは危険な野生動物ではなく、森のクマさんだ。
 クマが体の向きを変えて心臓をこちらにさらした時、ネコのいっぱつがクマに近づいた。気を取られ撃てなかった。
「いっぱつ! どけ!」
するとクマの足元で、フーッとこちらを威嚇した。まるでこのクマとオレに違いがあるのか?と言っているようだった。
ズドーン
同僚がライフルを一発撃った。死者に捧げる空砲ならぬ、死を与える6.2ミリの実弾の響きである。
クマはうつ伏せに倒れている。まだ死んではいない。死んだフリだ。それは手を見ると分かる。掌を握っているうちは反撃がある。
ズドーン
二発目が発射された。
クマの目から生きる光が消えてゆくのがわかる。
リュックサックからエサを貰ったクマはそのうち、リュックサックを背負って歩く人を『オレのエサを持って行く悪いやつ』と考える。そうなる前に仕方のないことだったのだ。
涙目になっているのは朝だからではない。過去59頭もの駆除をしなければならなかった理由は全て人間の無知からでクマはむしろ被害者だろう。

クマの死骸を起こして軽トラに積み込もうとして、クマの腹部下からネコのいっぱつが見つかった。二発目の弾が当たったのか腹部に弾痕があった。
「なんか、かわいそうなことしたな」同僚の誰かが言った。
オレ達は何か間違えている。

そう思った。


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このストーリーに関するコメント

17/08/01 64GB

この場をお借りしまして、取材に協力していただいた知床ネイチャーガイドの佐藤雅子さんに感謝します。

17/08/14 光石七

拝読しました。
人間は身勝手ですね……
クマの前で威嚇したネコのいっぱつの姿が印象的でした。
モラルも価値観も多様化する中、本当の意味で自然と共存していく道を見出すのは至難の業ですが、どこかで軌道修正しないと間違った方向へ突き進んでいくだけ。
深いお話でした。

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