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千野さん

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性別 女性
将来の夢
座右の銘 沈黙は金

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遺志、あるいは亡霊

17/06/26 コンテスト(テーマ):第109回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 千野 閲覧数:761

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あるとき、建造物の増殖とでも言えるような現象が観測された。

はじめにそのことに気が付いたのは欧州の片隅にある国の農夫だった。街の教会の塔の高さが増していっている、というのである。

 彼は朝の決まった時間に塔の階段を数えながら上り、その上から街を眺めるという行為を日課としていた。寡黙で真面目な男で、生まれてこの方、街からは出たことがない。妻子もないが一匹の犬とともに暮らしている。そんな男がある日、血相を変えて市庁舎に飛び込んできたというのだからただごとではない。

「教会の塔の階段が、1日1段ずつ、増えていっているんだ!」と彼は言ったそうだ。

 何を馬鹿なと世界中の人間が思っていたが、これをきっかけにして世界のあらゆる場所でこの現象が観測されるようになった頃には、異論を挟むものはなくなった。

 戦火を逃れた大聖堂。
 国会議事堂として機能している宮殿。
 さらには名もなき家までも。

 そして博物館に展示されている柱や円蓋など古代建築の一部分のなかには、それ自体で増殖しながらもとの形式とは違う独立した何かを形成していっているものがあるらしい。世界中の関係者や研究者は対応に追われている。

 加えて、最近では増殖する建物とそうでない建物の違いについても盛んに議論されるようになった。それには設計者の意図や建築様式だけではない何かが関わっているようだが、詳しいことはまだわからないとテレビに映ったキャスターがしゃべり続けている。

 ごちそうさま、と家族に告げ自室への階段へと足をかけた。私は例の農夫とは違い、自宅にある階段の段数を数えたことなどない。

 それはそうとして、今、私の部屋にある小さなモン・サン・ミッシェルの模型がどうやら増殖していっているようなのだ。高さや、外壁の枚数が増している。いままで実際の建造物以外──例えば建物の図面や複製──には見られなかった現象であるが、どういうわけか。数年前にかの地で購入したこの模型が私の心情に共鳴しているとでもいうのだろうか。

 あるいは。
 いや、そうではない。おそらく。

 何はともあれ修道院であり要塞でもあったこの建物の模型はより高く、より堅牢に、そして祈りを孕んだ石棺と化していっている。私の机の片隅で。

 どこかの研究機関にこの現象を報告すべきなのだろうかと少しの間だけ考えてみたが、面倒になってしまったので明日の学校のための準備をし、布団へともぐりこんだ。


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