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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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パーカーフード

17/06/20 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:823

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 私の性格上、人に甘えることが困難だ。
 それは、初めてできた彼氏にだって同じ。
「楓ってさ、なかなか心開いてくれないよね」
 夏樹が、ただでさえ細い目を漢字の“一”みたいにして笑う。
 私はその表情がお気に入りなんだけど、面と向かって伝えたことはない。
「別にそんなつもりないけど」
「はは、そういう態度のこと言ってるんだよ」

 母は私が物心つく前に、病気で亡くなっている。
 残されたのは父と私と......三人の兄。
 男ばかりの家庭で育ったもんだから、遊びの内容も乱暴なものばかりで、友だち自体も男の子が多かった。
 だから、こんなサバサバした男勝りな女に、彼氏なんて到底できるとは思えなかった。

 私が電車で痴漢に遭ったとき、大抵の女の子は恐怖で声が出せないのかもしれないけど、私は間髪入れずにお尻を気持ち悪く撫で回すそいつの手を掴んで大声を上げた。
 痴漢の腕を引っ張り、車内からホームへ引きずりだそうとする。
 女子一人で痴漢を駅員さんに引き渡すのは、少々危険な気がした。
「大丈夫? めちゃくちゃ勇気あるね」
 そんななか、自然と私の元へ駆け寄り、一緒に付いて来てくれたのが夏樹だった。
 事情聴取を受けている間も一緒にいてくれて、心強かったのを覚えている。
「すみません。ありがとうございました」
「いえいえ。きみも青羽大学の子だよね」
「私のこと知ってるんですか?」
「校内でちらっと顔を見かけたくらいだけどね」

 それから急速に夏樹との仲が深まっていった。
 一緒にお昼ご飯を食べたり、映画を観に行ったり、遊園地にも行った。
 
 ーー告白は夏樹からだった。
「はい。お願いします」
 なんとも可愛げのない返事の仕方だ。
 私は女の子らしさ、というものがわからない。
 ついでに恋愛というものも未知で、手をつなぐのもキスをするのも、すべて夏樹からだった。

 ーーそしてある日、二人の関係は唐突に終わりを迎える。
 誕生日でもクリスマスでもホワイトデーでも、なんでもない日に夏樹はプレゼントをくれた。
「本気ですか、このチョイス」
「可愛いでしょ? 部屋着にと思って」
「あー」
 包装紙から出てきたのは、黒のパーカー。
 オプションがなければ全然嬉しいんだけど、フードには猫耳が付いていて、背面の裾には尻尾が垂れ下がっている。
「ちょっと着て見せてよ」
 私は彼のセンスにドン引きだ。
 そして、この間二人でペットショップに行ったときのことを不意に思い出す。
「夏樹ってそういえば、猫ほしがってたよね。もしかしてそれもこれも、私に従順であってほしいっていう暗喩なのかな?」
 私は自分自身の口から出た言葉にちょっとビックリする。
「単に可愛いから買っただけ。深読みしすぎだよ。それに、猫って犬とちがって従順じゃないし」
「あ、そう。でもこのパーカー、私のイメージと全然ちがくない?」
 夏樹は一瞬困ったような表情を浮かべると、口を開いた。
「あのさ、今までハッキリ言えなかったのも悪いけど。俺の前ではさ、もうちょっと素っていうか、くだけた感じ出してくれてもよくない?」
「はっ?」
「前に言ったかもしれないけど。楓って、全然俺に心開いてくれないじゃん」
 付き合って二ヶ月くらいのときに、同じセリフを聞かされた覚えがある。
 そして、今の夏樹はそのとき私が好きだった表情をしていない。
 今にも飛び出しそうな怒りを噛み殺した、複雑な顔をしている。

「これが私の素だってば。これ以上どうすればいいかわかんない」
「だからそのパーカー着てさ、猫みたいにニャンニャンって甘えてみてよ」
 私は夏樹の言葉に、思わず目眩がする。これがあなたの思う“素”ってやつなのね。
「無理。できない」
「彼氏のためにちょっとくらい頑張ろうって気になんないの?」
「人が嫌がってることを頑張れ!って、彼氏としてどうなの?」
 その反論に彼は激昂した。
「俺たち、付き合ってもう九ヶ月も経ってるんだぞ! それなのに、あっちの方もまだなんて遅すぎるだろ!!」
 初めて夏樹が、感情のままに怒ったところを見てしまった。
 それがあなたの本性で、本題は性行為のことだったのね。
 私は途端に血の気が引いて、夏樹に対する興味が失せる。
「そうだね。じゃあ、私たち別れようか」
 その終焉の言葉が口をついた瞬間、私は少しだけ後悔する。
 せめて夏樹の笑顔が好きだったことくらい伝えればよかった。

 ただ、私の生き方はなんと言われようと、自分を曲げないプライドで形成されている。
 そして人前で裸になることにも、いくら彼氏とはいえ、まだまだお時間をいただきたかった。

 悪いけどこれが私の“素”だし、猫を被ってニャンニャン言う気もさらさらない。

 そのパーカーのフードだって、私は絶対に被らないのだ。


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