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若早称平さん

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PINKの黒猫と白い月

17/06/19 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 若早称平 閲覧数:680

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 今、僕の手の中には痩せた黒い子猫がいる。制服が汚れないように捲った腕を弱々しく爪で引っ掻いてくる。
「しっかり押さえとけよ」
 進藤が鞄から取り出した蛍光ピンクのカラースプレーを猫に向けながら口元を歪ませた。もちろんこの猫が彼に何かをしたわけではない。強いて言えば進藤の前を横切って歩いただけだ。
 態度が気に入らないからと新任教師のアパートの壁に落書きをしてきた帰りで、スプレーに残りがあったのがこの猫にとっては不幸だった。
 進藤のスプレーは猫の黒い毛と公園の砂と僕の手を少し、薄暗い街灯の下でも分かるくらい鮮やかなピンク色に染めた。
 しかめっ面で手の甲のピンク色を擦っていると
「お前、それ見られたらそっから足がつくからな。完璧に落としとけよ。落ちるまで学校来んな」
 自分でやったことにも関わらず進藤は吐き捨てるように言った。

 公園のトイレで水洗いをしていたが油性の塗料はまるで落ちる様子がなかった。擦り続けて腕が疲れ始めた頃、「ふざけるなよ、あいつ」と先に帰った進藤への恨み言が口からこぼれていた。
 どちらかといえばいじめられるタイプだった僕は理由は分からないが進藤に気に入られ、いじめる側の人間になった。進藤はいわゆる不良、いわゆる危ない奴で、その手下のようにいつも一緒にいる僕が陰で「腰巾着」「進藤の犬」と呼ばれていることは知っていた。不本意だが仕方がない。進藤に歯向かったらどうなるのか、それをこの一年一番近くで見てきたのは僕自身だ。
 ふと足下に何かが触れた。思わず飛び上がりそうになったが、先程の猫だと気付き胸を撫で下ろした。塗料が固まって動き辛いのだろう、よたよたと僕の足の周りを回っていた。濡れたままの手で撫でてみたがやはり僕の手と同様ピンクの塗料は落ちそうにない。
 気の毒に、僕がその猫に同情の念を抱くのと同時に、どこからか「気の毒に」という声がした。まだ声変わりを果たす前の少年のような声に僕は気味が悪くなり心臓の鼓動が早くなる。
「誰だ?」また声がした。周囲を見回すがもちろん人の気配などない。逃げ出したい衝動に駆られたが、もしも僕と猫を目撃した者がいたのならばそこから僕らの悪事がバレるかもしれない。そうなったら進藤に何をされるか分かったもんじゃない。声の主を確かめずにこの場を離れるわけにはいかなかった。
「くそ、全部進藤のせいだ」
 その声がすぐ近くから聞こえたことに気付き視線を下に向けると、虚ろな瞳の子猫と目が合った。「お前か」僕と猫が同時に言った。
「しゃべる猫か」僕が思ったことをそのまま猫がしゃべる。不思議と恐怖心はなかった。

「俺の名はピンク」
「進藤ぶっ殺す」
「お魚くわえたどら猫追いかけて」
 色々と実験した結果、どんなに感情を込めて思っても猫は抑揚をつけないこと、歌を歌ってもメロディにはならないことが分かった。
 この猫を使ってなんとか進藤に一泡吹かせられないかと考えていた。例えばこいつに進藤の悪事を告発させるとか、悪評を吹聴させるとか。
 考えているうちにお腹が空いてきた。猫をトイレの個室に閉じ込め、一度家に帰ることにした。普通の猫ならドアの上から逃げられるのだろうが、思うように体を動かせないこいつなら大丈夫だろう。ドア越しに「後でエサを持ってきてやるからな」という声が聞こえた。

 部活で遅くなったと言えば親は全く疑わない。部活なんて一ヶ月も経たずに辞めているというのに。帰りにコンビニで猫のエサと一緒に買った除光液で手に付いたピンク色を落とし、家族が寝静まったのを見計らってそっと家を出た。自転車を漕いで例の公園に着いたのは午前一時を過ぎた頃だった。
 トイレの個室の上から覗くと、便器の脇で丸くなって寝ているピンク色が見えた。中に入り、缶詰のキャットフードを寝ているそばに出し、空いた缶に水を注いだ。
 ふと、寝ている間はしゃべるのだろうかという疑問が生じ、心の中で進藤は人間のクズだ。と言ってみた。反応がないことを確認し、個室を出ようとする背中に「クズはお前だ」と無感情な猫の声がした。恐る恐る振り返ったが、猫はやはり眠ったままだ。それでも猫の声は続いた。
「お前は進藤からはただの使い勝手の良い駒としか思われていない。他の同級生からは進藤がいなければ何も出来ない小物のくせに威張り散らして、時々見せる被害者面が進藤以上に不愉快だと思われている。親もお前が嘘をついてふらふらしているのに気付いていて、面倒だから関わらないだけだ。お前を必要としている人間なんて一人もいない。お前は死んだ方が良い人間なんだよ」
 なるほど、と思いながら僕はトイレから出た。猫が眠っている間はもっと深いところの心の声を拾うのか。自転車にまたがりながら、細長い引っ掻き傷のような月を見上げた。


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