1. トップページ
  2. 人風猫

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

1

人風猫

17/06/19 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1242

時空モノガタリからの選評

変わった切り口の独特の雰囲気が印象的な作品ですね。盗撮犯のビデオに映った隠された尻尾。気が付かぬうちに世界が猫に席巻されているとしたら……面白いけれど、ちょっと不気味ですよね。どうやらその川辺自身も気づかぬうちに、猫の世界に取り込まれてしまっているみたいですが、川辺の常識的で暖かい人間性も作品の魅力にもなっていると思います。ウェットではないゴリっとした違和感を読後感に残すあたり、W.アームスープレックスさんらしい作品ではないかと思います。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 しおたれた顔つきの中年男が近よってきたかと思うと、いきなり若者の手首をつかんだ。
 混みあった電車内でのできごとだった。腕を貫く激痛にその若者は、思わず悲鳴をあげそうになった。
「きみ、いまその女性の、あっ―――」
 男性がそこまでいったとき、なぜか件の女性は、乗客にまぎれこむようにしながら向こうの車両に消えていった。
「まいい、きみ、次の駅でおりるんだ」
 若者は、男の強い口調に、観念したようにうなずいた。到着した駅で、二人はホームにおりたった。
「私服警官の川辺だ。きみがさっきの女性のスカートの中を盗撮している現場を目撃した。証拠のビデオは、きみがさげている鞄の中だ」
 その証拠の品をしっかり見届けていたので、離れていった女性のことはさておき彼を電車からおろしたというわけだった。
「いっしょに、署まできてもらおうか」
「刑事さん、その前に、見てもらいたいものがあります」
 川辺はけげんなふうに若い男をながめた。遠地にいる一人息子とどこか似ていた。
 刑事課では、人情派で通っている彼だった。盗撮の罪は軽くない。彼の話を、いちおうはきいてやるかと、ホームのベンチに二人ならんで、腰をおろした。
「見てもらいたいものとはなんだ」
「ビデオに撮影したものなんです」
「きみ、よからぬことを考えていると、よけい罪は重くなるよ」
「そんなんじゃありません」
「それじゃいったい、なにが目的だ」
「とにかく、撮ったものを見てください」
 彼は鞄から小型ビデオカメラをとりだすなり、川辺が何かをいう前に、なれた手つきで画面を再生しはじめた。
 この期に及んでいったい、何を訴えたいのだろうと川辺は、眉をよせながらも、若者のさしだすビデオの画面に目をちかづけた。
 それはたしかに、女性のスカートの中だった。極端なまでにあしが太く見えるのは、カメラの角度のせいだろう。
「ほら、これを見てください」
 ふさふさした毛に包まれた、何か細長いものが、あしの間から垂れさがっていた。ただ垂れているのではなく、ときおりさきがくるりとまるまったり、左に右に、ゆっくりゆれたりした。
「はて、これは」
「猫の尻尾に見えませんか」
 いわれて川辺は、それまで漠とした印象だったものが、たしかに猫という具体的なイメージに固まるのを意識した。しかし、言葉では、
「きみは私をからかっているのかね」
 若者はそれから矢継ぎ早に、他のやはりスカートの中を映した動画を川辺の眼前で再生してみせた。川辺は、そのすべての女性たちにも、やはり猫のような尻尾がのびているのをみとめた。
「確かにこれらは、僕か盗撮した女性たちです。刑事さんのおっしゃるとおり、最初は猥褻目的だったかもしれません。そのうち、尻尾をもった女性が何人も出現し、その数が日に日にふえるにつれ、僕の盗撮はそのときから、人風猫の発見に目的をかえたのです」
「人風猫」
「みりんにだって、みりん風ってあるでしょう。彼女たちは、人間じゃありません。なんらかの突然変異で、猫から進化した生き物です」
 そんなことを信じろというのか―――口許まででかかった言葉を、のみこんで川辺は、ふたたびまじまじと若者をみつめた。
「おそろしいことに人風猫たちは、人間にきづかれないまま、しだいに増殖してそのうち、人類を席巻しようとしているのですよ」
 真剣な顔つきの彼を、見つめる刑事の目にふと柔和な光がやどった。先日ひさしぶりに電話してきた息子が、なれない環境で働くことの悩みを、ながながと語っていたことが思いだされた。ストレスのあまり、夜中にいきなり大声を張りあげたくなるとかいっていた……
「きみ、その動画のSDカードを渡してくれ。署にもどって調べてみたい」
 いわれるままに彼は、カメラからぬきとったメモリーカードを川辺に差しだした。
「僕は逮捕されないのですか」
「相手が人間の場合ならともかく、猫となるとちょっとな。しかし、猫でもなんでも、盗撮はやめるんだ。こんどは、まちがいなく逮捕するぞ」
 いちおうは厳しく面罵してから、川辺は若者を放免してやった。
 腹のなかではしてやったりと、舌をだしているかもしれない。もしかしたら尻尾は、CGとかいうやつで細工して、現行犯逮捕されたときの口実に用意していたのでは。それにしても、人風猫とはまた、浮世離れしすぎている………。彼もまた現代社会のストレスに喘ぐ一人かもしれない。そんな思いを胸に、川辺は改札口の方向に歩きさっていく若者の後ろ姿を見おくった。
 川辺はベンチに座ったまま、やや前屈みになった。無意識に口にもっていった掌を唾液で濡らしていた。そして耳のうしろ側をなんどもなんどもこすった。習慣となっている自分のこの行為に気づいて彼は、空を見あげながら、ぼそりとつぶやいた。
「どうやら、雨がちかいようだ」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン